青空美由紀は地下女子ボクシングのトップクラスの選手だ。

地下女子ボクシングといっても東京にA~D地区の四地区あり

その中の正統派、とはいってもトップレスで戦い色目で見られる要素は

沢山有るが、A地区という世界戦まで存在する地区で美由紀は要注目選手と

なっている。

 

B地区は世界規模では無いランキングが有る地区で、あえて極端にボクシングフェチを

推すような内容の試合を組んだりもする。

フェチズムを追求するならB地区だろう。

 

 

C地区は基本的に他の地区から馬鹿にされている。馬鹿が付くほど下らない試合を展開

する独自の地区で、試合会場の近くには試合に出た選手の使用済みグッズ、トランクスや

パンツ、マウスピース等が売られているショップもあるという。

「という」といった理由は、誰もそこへは近づかないC地区のある街での自給自足的な

客の入りで、成り立っており某天空の城よろしく他から全く浮いてしまった存在であり、

噂では普通に辿り着くのは無理だと言われている。

説明するのは難しいが、試しに行こうとしてもたどり付けないという不思議な場所だ。

だが公認されており、C地区は確かに存在する。

 

D地区は治安が最悪で試合会場も殺伐としており、試合も流血覚悟で望まなければならない。

「トラップ」という要素が有り、例えばロープが有刺鉄線である等、危険な試合が多い。

まず普通のフェチを求める客は寄り付かず、C地区に近いように自給自足、C地区周辺に済む

住民達によって成り立っている要素が大きい。

主に賭博の対象になっているらしい。

 

美由紀はライバルである兵藤小百合とのトレーニングを終えて自宅のアパートで

ビールでも飲もうと冷蔵庫を開けた所で電話が鳴った。

「誰ですかっと」

ヒョコッとステップを踏むと壁に掛けてある子機を取った。

「はい青空です」

「ああ、美由紀?」

「ああ、母さん」

母親だった。美由紀は片親で育ち生活は貧しかった、病気がちな母の面倒を見ながら

小百合は学生時代を女子ボクシング養成学校につぎ込んだ。A地区には養成学校がセットでついており

そこを卒業するとプロ地下女子ボクサーとしてデビュー出来る。

養成学校は学費がいらない。逆に催し物として素人なりに試合があり、それらをする度にお金も入るので

美由紀の境遇にはとても有難いシステムだった。

プロ程はお金が入らないが、美由紀は死ぬ気で頑張った。その半歩後ろを小百合は付いて歩いており、

追いつき追い越せな存在になって行ったがそれはまた別の機会の話という事で、美由紀は母に仕送りを

しつつ頑張った。

 

「なんかさ、迷惑かけっぱなしだったけど、最近ちょっと元気が出たよ、働いて自分で生活

出来るように頑張ろうと思ってね」

母親のその言葉に美由紀は少し嬉しかった。お金の問題というより元気でいてくれるという事が

嬉しい。

「ま、お金はたくさん有りますからねぇ、自分のやりがいを見つけて頑張ってくれたらいいのですよ」

美由紀のその言葉にクスクスと笑う声が聞こえ

「美由紀、お母さんとさ、交代する? あんたが親で私が娘」

と行った。

すぐに二人は笑いあった。

「それから―――」

母親は思い出したように言う。

「ん?」

「小百合ちゃん元気?」

 

兵藤小百合。養成学校では美由紀の後をてくてくと半歩遅れてついてきたような存在だが、じきに並んで

お互い切磋琢磨するようになり、養成学校の卒業試合で戦い美由紀を下し、先にプロ地下女子ボクサーになった。

美由紀も後を追いプロになり、二人は常に伝説の試合を残し続ける超有名ボクサーとして名を広めている。

「小百合も元気だねぇ。何もかもいつも通り、充実してるよ」

「そう、まあ体壊さないでね。後さぁ」

「まだ何かあるの?」

「人に見られても恥ずかしくない、おっぱいの形を維持するのよ?」

「莫迦っ!」

そう言ってまた笑いあった。

それから他愛の無い会話が続いて電話は切れた。

 

「ふう、シャワーでも……」

電話が鳴った。

母親が伝え忘れた事でもあったのだろうか。

「はいもしもし? 青空です」

 

 

「―――下沢 名波(しもざわ ななみ)です」

何年ぶりだろう。美由紀は懐かしいその声を聞いて、時が動き出したと感じた。

 

 

 

第一章 CRIMSON SNOW KING

1・約束

 

「あ……久しぶり……だね」

美由紀は躊躇いがちに言った。

「美由紀さん、約束通り……このまま行けば約束通り行けるはずです。そしたらあの話を……」

「あ、うん」

美由紀は養成学校時代のその出来事を思い出す。

 

 

養成学校は試合を組んで、勝てば相手のマウスピースを奪える。その数で進級から卒業までが決められる。が、その当時なかなか試合も組めず、マウスピースも取ったり取られたりと停滞時期だった。

基礎トレーニングに学校の外を走っている美由紀は養成学校を見つめている同年代であろう女性がいるのに

気がついた。

どう見ても育ちの良いお嬢様風だ。この辺りには不似合いな雰囲気を醸し出していた。

放っておけば良いのだが、美由紀は何となく声を掛けていた。

「私、あの学校の生徒だけど、興味あるの?」

「あ、あ……いや」

「あ、ごめん、何か声掛けちゃった、ひょっとして学校に興味あるんじゃなくてそこの駄菓子屋に用事があっただけかな?」

「いえ、そういう訳でも無いような、そうでもないような……」

「?」

「あの、最近D地区が出来ましたよね?」

当時、D地区は出来立ての場所だった。

「よく知ってるねー、この学校はA地区に直結してるから関係ないんだけどね」

美由紀はそう言いながら、経営者側に関係する人かな? と思った。

「私の親友、いや、元親友がD地区の選手を目指してるんです」

「へー」

「だけどあそこって治安が悪いから親があの辺へ行くのを許して貰えず、色々考えてたらここに

来ちゃって」

その少女は品の良さの他に、独特の柔らかい喋り方、そして表情をしていた。

「私、何だろう。思ってる事があって」

「?」

美由紀はあまり介入するのもどうかなと思ったので

「とりあえずトレーニング終えないと」

と、ランニングを続ける事にした。

 

 

 

 翌日もその少女はそこにいた。

「あれ、昨日の」

美由紀は躊躇わず声をかけた。それだけ話しやすい、柔らかい雰囲気を昨日受けていたせいもある。

「あ、ああ。昨日ぶりです」

少女は丁寧に礼をした。

「ここに通ってて何かあるの?」

「いえ、ただ出来ることが何もないからとりあえず来ているという事実もありますが……」

「なーんかモヤモヤしてるコだねー!」

美由紀は笑いながらその女性の背中をパンと叩いた。

華奢な体だと思ったが以外としっかりした手応えがあった。

「貴方、武術とかそういうのやってる?」

美由紀の問いにその女性は傾いで続けて言った。

「あの、私、下沢 名波って言います」

「ナナミね、私は青空 美由紀。まあ美由紀って普通に呼んでもらえれば」

美由紀はそう言いながら名波のその独自の緩やかな語り口に惹かれていた。

「美由紀、美由紀ね。あの……どうしよう。美由紀に言っちゃおうかな」

「ん? まあ言ってみなよ」

「うん、じゃあまず私の罪から」

「罪?」

「うん……私は美由紀がこの先、凄く力を持つ選手になると思う、だから言うんだけど」

「なれるかなぁ、で?」

「罪。私は幼いときに犯した罪のせいで親友だった子が地下女子ボクシングの道へ

進む事になってしまったの」

「何をしたの?」

「大変な事。いつか言う。その時が来たらきっと言う。私の罪」

「うん、で?」

「で……美由紀、貴方が力を持つ選手になったら」

「なったら?」

E地区、おっぱいを出さなくていい普通の女子ボクシング。それこそテレビで放送してもおかしくない

ようなボクシング施設。作りませんか?」

「え? は、話が級だなぁ」

「ですよね。でもどの地区からの選手も出れる普通のボクシング。地下じゃないボクシング施設。

それ、作りません?」

「うーん、話が飛びすぎて……」

美由紀はそろそろ話についていけないなと感じた。

「とりあえず私はトレーニングの続きを……」

「……ませんから」

「え?」

「諦めませんから。美由紀さん! 約束してくれるまで諦めませんから!」

「な、何で私ぃ?」

「美由紀さんは絶対にこれから力を持つ人間になるからです!」

「買いかぶりすぎだって!」

「いえ、私、毎日ここにいますから!」

 

果たして、それは美由紀が首を縦に振るまで毎日名波はそこへ居た。

 

「やっと美由紀さんがウンって言ってくれたぁ」

名波は嬉しそうだ、はしゃいでいる。

「私が力を持ったらだよ? それと」

「はい、それと私が罪ほろぼしが出来たらです!」

「覚えとく。負けたわホント」

気軽にこういった案件を受けて良いものかと思ったが

当時の美由紀はここまで頼み込まれると断る事は出来なかった。

「ふふふ、じゃあこれからしばらく来ません、よかったら連絡先を教えてくれませんか?」

「私はまだ自分の部屋を用意されてないから職員室からの呼び出し。だから学校の職員室の

電話番号教えておくね。でもしばらくって?」

「手術するんで」

「え? どこか悪いの?」

「いえピンピンしてますよ!」

「元気なのに手術?」

「整形です」

「えーっ? 名波ちゃん可愛いじゃん」

「ありがとうございます。でも理由があるんで……いつか全てお話します」

 

それは、不思議な少女だった。

 

 

そしてその時交わした約束を果たす準備をしなければならない。

美由紀は回想を終え、しばらく黙り込んだ後言った。

「そのD地区の友達を地下じゃない、普通のボクサーとしてやっていける為にE地区を作るんだよね?」

「あはは、そうです。所詮は私のエゴです。でも」

「でも?」

「地下には向いてないよって選手の人もそのE地区にまわせるって利点が!」

「うん、それはあると思う。だから約束出来たんだよ?」

「ありがとう美由紀!」

「まあ、詳しくはわからないけど、いい知らせを待ってるよ。貴方が罪ほろぼしを成功させて

その友達と手を取り合える時を待ってる」

「うん、怖いけど、もうすぐ終わる。やっと終わる……」

「ふー、じゃ、今日は私はシャワー浴びて横になるかな?」

「あの、美由紀」

「ん?」

「嬉しいよ、やっぱり凄い選手になってくれてさ」

「へへ、あんたの眼力も凄いと思うよ」

「そうかな、でも出会えて、良かった。今や同じ選手だし」

「え? 選手?」

「あ」

名波はしまったという風に一言言った。

「名波ちゃんって地下女子ボクサー?」

「ばれ……ちゃったか」

「何地区? やっぱりそのお友達と同じD地区?」

「うん、D地区の選手だよ」

「その、罪ほろぼしをしたい相手って鮫嶋って人だっけ?」

「うん、鮫嶋 鋭(さめじま えい)ちゃん」

「調べたけど陽野 温子(ひの おんこ)ちゃんって娘と急接近してタッグ組むらしいね」

「温子……その温子って人はかき消えて私が鮫嶋ちゃんの横に……」

「ちょっと怖い事言うね」

「いや、そうなる予定ですから、必ずそうなります」

それから会話を五分程交わすと互いに納得し合って電話を切った。

その後、美由紀は名波への連絡先を聞いておけば良かったと思った。

 

翌日、美由紀はE地区を立ち上げるにはとK教員の元を訪れる為に養成学校へ行った。

K教員は養成学校で美由紀の面倒をよく見てくれた正体不明の超情報通人間だ。そのK教員の過去を知る者は

いないようだ。ミステリアスな女性である。

Kはいつものように「丸山」といういつまでたっても卒業出来ない(噂によるとKにとって雑用係として扱いやすいので

卒業させてもらえていないとの噂が強い)生徒を引き連れて学校を練り歩いていた。

「よ、美由紀。どした?」

「あ、はい。大事なお話がありまして」

「ふーん……大事な話」

Kは顎に手を当てる。背が低くも高くも無くちょうど良く大人びた雰囲気を醸し出しているK

その容姿を上手く見せること無くぶっきらぼうな顔をして思い切り悩んでいる。

「あ、美由紀さん、ちわっス、丸山です」

丸山はいつも通りだった。美由紀は手を降って気軽に挨拶する。

悩み終えたKが口を開く。

「お前が大事って言うからには相当な事なんだが、今、E地区問題で揉めていてな」

E地区!?」美由紀は声を裏返るように出しながらひどく驚いた声を出した。

「うん、危険なD地区がE地区を作り出したいと言いやがってな。まあ要するに軍事拡大みたいなもんで、

ゆくゆくはA,BC地区も飲み込んで一つにまとめてやろうという考えらしいんだ」

「そんな事が……でもA地区は世界レベルで動いてる。そんな事が……」

「そんな事を本気でやろうとしている事が問題なんだ。D地区のボスが和泉って奴になってから、もうムチャクチャでな!」

「ちょっと待って下さい!」

 

和泉。

美由紀の心臓がドクンと跳ねた。

 

「平和の和に、水が出る泉の泉の和泉ですか!?」

「そうだが?」

「下の名前は!?」

「さぁ知らん、それよりどうやってD地区の動きを止めるかだ。公にA地区へ乗り込んでくると宣戦布告して来やがったんだ」

Kは頭をボリボリ掻きむしった。

 

和泉という名前が出た時点で美由紀の思考回路は停止しそうだった。

―――和泉、その名は……。

 

 

「だから、私達が食い止めるだすよ!」

三人がいつの間にかKの傍らにおり、その中で八重歯の女子がKの肩を叩いた。

全員養成学校での美由紀の後輩だ。

八重歯の草野美沙子。

「〜だす」という独自の喋り方は子供の頃から見ていたアニメの影響らしい。

 

「そうです、A地区は私達の手で守り抜きます」

盲目のボクサー、岸上零(きしがみ ぜろ)も力強く言う。

目の光を失ってから感覚が上がったのか、一気に強くなってしまったという不思議なボクサーだ。

 

「山椒は小粒でもピリリと辛いと言いますのだ!」

銭林佃子(ぜにばやし でんこ)(通称デンコ)が片手を挙げて主張する。

「〜のだ」という口癖は「〜だ!」と言い切れない部分からクッションを置いている意味で

「の」を入れてしまうらしい。A地区のトップクラスの選手になっても三つ子の魂百までといった所だろうか。

 

そんな3人が意気揚々としているのを見てKは少し安心したようだった。

「これで小百合がいたら……なぁ? 美由紀」

Kは少し寂しそうに美由紀を見つめる。

 

兵藤小百合。

養成学校で美由紀の付き人からスタートしたが、美由紀へ追いつき卒業試験で美由紀を下し先にA地区の看板

ボクサーとしてデビューした美由紀の永遠のライバル。後追いでデビューした美由紀とライバル同士で

まさに孤高の二人だった。

今はとある事情で海外に住んでおり、あまり連絡も無い。

気は優しく引っ込み思案だが強く折れない、そんな部分は美由紀とそっくりだ。

美由紀は複雑に交差する気持ちから黙り込んだ。

「ま、私達に任せておけってことだすよ!」

美沙子はそう言って笑いながら美由紀の肩をパンパン叩く。

 

「お前、何だか様子がおかしいな、風邪か?」

K教員が美由紀の顔をのぞき込む。

名波とのE地区、和泉、小百合。

頭の中身がごちゃごちゃだ。

「なあ美由紀ちん、いっしょにA地区守ろうぜ!」

美沙子が親指を立てる姿に、少し蒼い顔をして美由紀は傾いだ。

「ちょっと美由紀さんの様子がおかしい、心拍数が上がって落ち着いていないようですよ?」

零が言うと美沙子ふんと鼻を鳴らした。

「ダイエットの事でも大方考えてるんだす! 今日はとりあえず解散するだすか、

またD地区に動きが有ったら気づいた人が皆に連絡する事! 解散! だす」

美沙子が柏手を打つと皆はそのまま散った。

 

2・バイオハザード三姉妹

E地区はもう出来た、小山田三姉妹にA地区を荒らして乗っ取ってもらえばすべて住む」

和泉は社長室の秘書へ伝える。

E地区を作ったとA地区からC地区へ伝えろ。そして全てE地区の管理化に入ってもらう。

抵抗するならこちらからアクションを取ると教えろ」

 

「はい」

 

A地区は見せしめだ。あそこにはKがいるからな」

和泉はほんのり嬉しそうに笑って言った。