DENKO!

「そーれっ」

どだん!

デンコが練習用リングの上に投げ出される。

「あいたたたた・・・」背中を押さえながら立ち上がるデンコ。

「デンコだ!」「デンコ!」

リングの上で練習していた生徒達が声をあげる。

「おいデンコ!お前が練習していい場所じゃないんだよ!」生徒の一人が言った。

「ああん?わたすも練習したいんだすが、駄目だすかね?」美佐子が睨みをきかせる。

「あ・・・ああ・・・美佐子さんもでしたか・・・どうぞ」手のひらを返すように態度をかえる生徒。

 

「ほぅらデンコ、ベアナックル(素手)でいいからマウスピースだけくわえるだす」

「わかったのだ!」デンコは使い古されたマウスピースをくわえる。

「で、何を教えたらいいだすか?」

「な・・・何もかもなのだ・・・」

デンコが俯く。

「最初の試合で負けたら退学なのだ・・・」

「チキンだすねー、じゃあ着替えてくるから待ってるだすよ」美佐子はロッカーへ行った。

「あのさー、美佐子さんがいなかったらお前、ここ使えないんだよ?」生徒の一人がまた悪態をつきだした。

デンコは俯いたままだ。

デンコはいじめによって練習場を使わせてもらえず、いつも校庭で走っていた。

「わかってる・・・のだ・・・」デンコがどんどん萎縮する。

「第一、走ってるだけじゃあねぇ・・・私、お前と試合して即効マウスピースゲットできるわ。ハハハっ」

そう言っている生徒に、恐ろしく早く着替えてきた美佐子が声をかける。

「おいねーちゃん、名前は?」

「あっ・・・美佐子さん・・・私は駿河ナナコです・・・」

「ナナコね。で、デンコとやって即効勝てると?」

「悪いですけど・・・そうですね」

「じゃあデンコの初試合、お前相手になれ」

「はぁ・・・かまいませんけど」

「零!試合を職員室にいって組んで来い・・・だす」

「あ、はい、でも判子は・・・」

「あれはもっと上のクラスにならないと必要ないだす、行ってくるだすよ!」

「はーい♪」

「あ、それと試合は明日にごり押しして入れてもらうだすよ」

「あ・・・明日!」デンコが驚く。

「かまいませんよ」ナナコは余裕だ。

 

 

「よしデンコ、明日の試合に向けて色々おしえちゃるだす」

「はいっ!」

ばしっ!

美佐子のジャブがデンコの顔面にヒット。

「あつつ・・・」

「デンコ、今のパンチ何だかわかるだすか?」

「あ・・・見えなかったのだ」

「じゃあ分かるまで」

ばしっ!ばしっ!ばしっ!

「ジャブ・・・なのだ・・・ぶほ・・・」

デンコが血の霧を吹いた。

「じゃあ全パンチを今の要領で叩き込むだす、覚悟はいいだすか?」

「い・・・いいのだ」

 

「おいおいマジかよ」リングの外でその光景を見ながらナナコは笑っていた。

 

そして夕方。

ボッコボコになったデンコが零に肩をもたれて廊下をよろよろと歩いていた。

「デンコ、大丈夫?」

「大丈夫じゃないのだ・・・」

「喋れるから大丈夫♪」

「もう・・・夕飯はいいのだ・・・自分の相部屋で布団に倒れこむのだ・・・」

「はいはい、連れて行くね♪」

相部屋には全員食事に行っているのだろう、誰もいなかった。

 

「・・・・」

 

 

 

デンコが起きると、真夜中だった。

「あいたたたた・・・過剰トレーニングなのだ・・・」

デンコが体を起こす。

相部屋のみんなは寝ていた。

「おお・・おなかすいたのだ・・・コーラでも飲むのだ・・・」

ソロリソロリと部屋を出るデンコ。

目指すはカップのコーラ。

 

 

お金を入れてコーラを押す。

ガラガラガラ

カップに氷が落ちる音がする。

「がっでーむ!また氷を入れてしまったのだ!いらないのに!」

独り言を言って、添えつけのベンチに座ってフーとため息をつく。

「今まで逃げてたけど・・・明日試合なのだ・・・。もう逃げれないのだ」

自分がうなだれて校舎から出て行く姿をイメージする。

「負けたら退学なのだ・・・デンコは憂鬱なのだ」

明るい、めげないデンコは珍しくヘコんでいた。

顔を触ってみる。痛いが腫れてはいない。

「ちゃんと顔が腫れないような殴り方してくれたんだな・・・美佐子先輩」

そしてコーラをがぶりと飲む。

口の中は切れていて痛かったが、あまり気にならなかった。

 

それより明日の試合。

 

不安でいらいらするのか、貧乏ゆすりが止まらない。

しばらくすると

「タリラリラーン♪」と鼻歌を歌いながら誰かが上の階段から降りてきた。

美佐子だった。

「あ・・・美佐子先輩・・・起きてたのか?」

「ああ、デンコだすか、わたすはよく屋上で考え事するだすよ」

「そうなのか、私は緊張で眠れないのだ」

「緊張、どんどんするだすよ♪」

「正直・・・試合はまだ早すぎる気がするのだ」

「そうだすかぁ?」美佐子もカップのコーラを買おうと、じゃりじゃりと小銭を入れる。

ガラガラガラと氷の落ちる音。

「だーっ!また氷を入れてしまっただす!」頭を抱えている。

そしてカップのコーラを手に、デンコの横に座った。

「走って走って、世界記録でも出たら試合するつもりだっただすか?♪」

「そういうわけでは・・・ないのだ」

「ここにいる皆、いつかはこの時がくるのだ、だから」

「だから?」

「勇気を出すんだすよ、わたすに約束しろ」

「約束?」

「疑問符が多いな、絶対に勝つと約束するんだす」

「どうなるか分からないのだ・・・不安なのだ」

「あれだけ走りこんでるだけあって、スタミナは自分の想像以上にあるはずだすよ」

「スタミナ・・・ですか」

「とにかく倒れても倒れても立つだす。そして・・・」

「そして?」

「今日パンチを受けさせたのは、どこがどれだけダメージがあるかを教えるためだす」

「そう・・・なのか」

「痛かったり、苦しかったりする部分もあったはずだす。体は覚えているだす」

「確かに・・・」

「そこを立ち上がっては打つ!それを教えたかっただす」

「あ・・・うん・・・感謝してるのだ」

「面白いだすな」

「はたから見ると、面白いかもしれないのだ」

「いや違うだすよ」

「??」

「何で、ここをやめずにわたすが続けられてるか分かるだすか?」

「??」

「お前みたいなやつがたまにいるからだすよ」

美佐子は飲み終わったカップをクシャッと潰すとゴミ箱に入れ

「楽しいだすなぁー」と言いながらどこかへ行った。

「倒れても・・・倒れても立ち上がる・・・」

デンコも独り言を言って、相部屋に戻った。