DENKO!

(ってぇなこのヤロ・・・)ナナコはプライドまでが傷ついたようで、早く立とうと足をばたつかせている。

しかしアッパー等、顔中心の攻撃は足にくる。

うつぶせになったは良いが、肝心の足がガクガクと震えてなかなか立てない。

デンコのアッパーは飛び上がる分、加速が付いて普通のアッパーより強烈だ。

身体差など、小さいものが弱いという概念を持っていたナナコは大きな勘違いをしていた。

(こんなに強烈なアッパー・・・食らったことないな)

それを認めることにより、少しナナコは冷静になって、ゆっくりと立ち上がってファイティングポーズをとった。

カウント8。

だが立てばカウントが9であろうと、10にならなければ問題無い。

試合が再開される。

 

「悪いね、デンコ、思ったよりやる奴だったわ」

ナナコはそういうと、防御中心にパンチを打ち始めた。

槍と盾。

デンコがパンチをかいくぐって懐に入ると、もう片手のガードが待っている。

ボディに打ち込もうとすればひじでブロック。アッパーを打とうとすれば、少し勢いをつけた時点で

察知されてあごのガード、そして後方移動。

 

 

「さあデンコ、どう出るだすかねぇ」新製品のチョコレート菓子をボリボリ食べながら美佐子は言う。

「デンコに肩入れしてるのか?多分負けるぞ?」Kは美佐子が思いのほかデンコの話をさっきからするので

少し驚いていた。

「んー、本当はあんまり興味無いだすけどね♪あ、センセーこれ食べるだすか?」

「いや・・・いい・・・お前はダイエットって言葉を知らんのか・・・毎日菓子ばっかり食って・・・」

 

 

デンコの打てるパンチすべてを使っても、ナナコの槍と盾は崩せない。

しかもやたらとパンチを打つので、デンコのスタミナはどんどん消費されて行く。

 

カーン

Rが終了した。

デンコは失意の顔をして自分のコーナーへ戻る。

「よーしデンコ、マウスピース出せ」

今度は大人しく口からニュルリとマウスピースを吐き出した。

「1R終了とかわらんな・・・洗っても血まみれで帰ってくる・・・」万里はぼそぼそと言いながらマウスピースを洗う。

「万事・・・休す・・・のだ」

万里は改めてデンコの姿を見る。

ぼろぼろだ。左目も塞がっている。

はぁはぁと息を荒げて、最後のラウンドを待つだけ。

「しょうがないなお前は・・・」万里はデンコの前に立つ。

「いいか?スタミナってのは長く使うだけじゃ意味が無い」

「もうスタミナの話をしても・・・残ってないのだ・・・」

「お前本当に相手を見てから言ってるのか?見てみろ、相手を」

「肩で息をしてるのだ・・・」

「だろう?お前の方がスタミナ余ってるんだよ」

「スタミナ余っててもやることが無いのだ・・・」

「だから一気に使えって言ってんだろうがぁ!」万里が初めて怒鳴った。

そして周りの視線を気にしてか、元の口調に戻る。

「はー・・・私はキレ易いんだよ、だからこうやっておだやかに話をする癖が付いてるんだ」

「そうなのか・・・ちょっとびっくりしたのだ・・・それにおだやかじゃなくて冷たい感じで喋ってるのだ!」

「はぁ・・・あの人に言われなきゃセコンドなんて引き受けなかったよ」

「あの人・・・って誰なのだ?」

 

カーン

最終ラウンドが始まった。

「ほら、綺麗綺麗に洗ったマウスピースだ」万里がデンコの口にマウスピースを装着した。

(スタミナを一気に使う!?)

デンコがマウスピースの位置を整えて考えていると、すぐにナナコが攻め込んできた。

(スタミナで逃げ切れ???いや、それじゃあ採点になった時に、このままじゃ負けるのだ・・・)

考えながらガードしていると、すぐにロープ際に追い詰められた。

右、左とフックが打ち込まれる。

デンコは操り人形のようにただ右へ左へと傾きながら、唾液と血と撒き散らした。

(わからないのだ!こうなったら!)

デンコは見よう見まねでクリンチをしようとした。

だがナナコのパンチを打ってない方の手「盾」がそれを許してくれない。

すぐに弾き飛ばされてロープ際へ持って行かれる。

(盾?盾・・・そうか・・・盾は全身を守るバリアでは無いのだ!)

ナナコの左フック!

デンコはさっ!としゃがんで避ける。

その先には右手の盾がある。

「ここが空いてたのだぁぁぁぁぁ!」

デンコはナナコの左わき腹を狙った!!

 

どぅっ!

 

鈍い音がした。これはわき腹にパンチがヒットした音ではない。

打たれると焦ったナナコが、左フックの状態から左ひじを、デンコの背中に落としたのだ。

「ぐぇ・・・」

「ナナコ選手!げ・・・減点1!」レフリーが叫んで二人を引き剥がす。

デンコの顔は真っ青で、レフリーが支えていないと倒れそうだ。

「デンコ選手!デンコ選手!」

レフリーの声に少し反応して、体をぴくっと動かした。

「試合は・・・どうなったのだ・・・?」

「まだ試合中だ、続行出来るか!」

「ああ・・・まだやり残してる事があるから・・・ちょっくら頑張るのだ」

フラフラとデンコは自分で立った。

「・・・ファイト!」

レフリーのかけ声。

(勝ったッ!減点1されてもポイント計算すれば勝ってるハズ!そして今はぼろぼろのぼろ雑巾が立ってるだけ!)

ナナコは勝利を確信した。

「これで終わり!思ったより大変だったけどね!」ナナコがパンチを振り下ろす。

 

ずばっ・・・

 

デンコの顔にクリーンヒットして、デンコの口からは「ゲピュ」と音がしてマウスピースが吐き出される。

ぼとん・・・・ぼとん・・・ぼとん・・。

マウスピースはデンコの負けを連想させるような空しい音をたててマットの上を跳ねた。

しかし

「!?」

ナナコは驚いた。デンコは立っている。

「はっ!」ナナコが油断した瞬間、デンコがフックを打ってきた。

バシッ!と音をたててクリーンヒットする。

(ノらせたらまずい!少し下がるか)

ナナコが一歩下がる。

するとデンコは同じ歩幅で前に出て、パンチを打ってくる。

下がっても下がっても・・・。

そしてナナコは気付いた。

自分がロープ際にいるのだ。

「デンコぉ!全スタミナをパンチに詰め込んで打ちまくれ!」万里の声がした瞬間

どどどどどどど。とどこから飛んでくるかわからないパンチがナナコに無数に打ち込まれた。

パンチに関してはデンコは素人。それが幸いしてか、ナナコの飛んでくるパンチ方向予測処理能力が格段に落ちる。

(やばいな・・・ガードに徹してスタミナ切れを待とう・・・)ナナコはガードを硬くしてパンチが終わるのを待った。

だがパンチのラッシュは終わらない。

「この!」ナナコがパンチでデンコを吹き飛ばそうとした。

 

 

それがいけなかった。

 

僅かなガードが外れた。

 

そこにデンコのパンチが山のようにぶち当たる。

 

そこは顎。

 

「ぐ・・・・」

がくんがくんがくん・・・・と顎が上下され、脳が揺らされる。

「あ・・・・」

いきなりナナコが、操り人形の糸が切れたように倒れた。

白目をむいている。

「はい下がって下がって!」レフリーにドンと押されるまで、デンコは自分が何をしていたのか分からなくなってぼぅっとしていた。

(やったの・・・か?)

カウントが進む中、デンコは信じられない気持ちでいた。

(立たないで・・・ほしいのだ・・・頼むからッ!)

デンコの気持ちは通じた。

「テン!」

カンカンカーン

テンカウント。文句なし、デンコの勝利。

「よいしょっと」万里がリングの上に上がってくる。

デンコがボーっとしたままレフリーに右手を挙げられている。

「勝ったんだから喜べ」相変わらず冷静な口調で、万里はデンコの左手を挙げた。

「ほんでな?あの白目むいて倒れてる女からマウスピースを抜き取れ、お前のもんだ」

万里に言われてデンコはナナコの口に指を入れる。

ぬちゃぁと音がして、唾液の糸を引いたマウスピースが手の中に。

勝った実感はまだ沸かない。これから試合を重ねて行くと分かるのだろう。

だが、デンコがこうやって倒れたナナコを見下している姿。

それを自分で想像してデンコはじわじわとそれを感じてきた。

逆に負ければ見下されて学校にいることさえも許されなかった。

気が引き締まる。

それが、勝つという事。

「ほんじゃ、リングのまわりに一礼ずつしてリングを降りるぞ」

「はっ・・・はいなのだ・・・」 ぱちぱちと拍手が、まばらではあるが鳴っている。体がくすぐったい。

ぺこりぺこりと礼をして、デンコはリングを降りた。