《祭》

いよいよ明日が学校の大イベントだ。

香奈はリングに立つという事で自分のクラスの準備手伝いは免除された。

(今日はジムに寄らずに帰って休も)

帰ろうとテクテク歩いているとふとグラウンドに目がいった。

リングが作られている。

フラフラと吸い寄せられるようにそこへ向かった。

(わりと本格的なリングじゃね)

ぼーっとそれを見ていると、後ろから声をかけられた。

 

「香奈さんも来てたか・・・」

振り返るとそこには静子が腕組みをして立っている。

「うん・・・」

香奈はすぐにリングの方へ顔を向けなおした。

「3分3ラウンドの為にこれだけ大掛かりなリング作っちゃってね」

静子が後ろでクスクス笑う。

「ほんまじゃね」

香奈が相手にしないような素振りで言った。

 

 

「タダじゃリングを降ろせないわね」

静子がハッキリと言った。

香奈は振り返ってキッと静子を睨む

「少し話しましょうか?人のいない所で」

静子が余裕たっぷりの声で言う。

香奈は静子が歩いていくので、それに付いて行った。

そこは自転車置き場。

 

「香奈さん、一発だけ殴っておいで」

「試合は明日じゃけ・・・」

「根性無いですね、一発だけなのに、当たらないのが怖いの?情けないですね」

「そこまで言われちゃ・・・じゃあ一発ええ?」

「どうぞ」

 

シュッ!

香奈は自分の一番早く打てるパンチのジャブを打った。

静子は余裕で顔を動かすだけで回避した。

「ね?当たらないでしょ?素人ボクサーさん」

静子は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 

「じゃあ私の一発ね」

 

ドゥッ!

 

まっすぐなパンチが香奈のボディに突き刺さった。

胃がかき混ぜられるような音がする。

それはすぐに口元まで上がってきた。

「ごほ・・・」

香奈は勢い良く胃液を撒き散らした。

「あら汚い・・・」静子は後ろへトンと下がり胃液を避ける。

「くっ!」香奈は静子へ襲い掛かった

「まだわからないの?」

ガシュッ!

静子のパンチが香奈の顔面にめり込んだ。

「ぷぁっ」

香奈が口から血を吐いてあおむけに倒れた。

「明日はちょっと手加減しようかしら?フフ」

香奈は黙って倒れている。

 

 

「いいっ!負けたら信夫さんに一切近寄らないでねッ!」

静子は怒鳴ると、そのまま姿を消した。

 

しばらくすると香奈は体を起こした。

誰もいない自転車置き場。夕方で空が真っ赤だ。

「ごほっ!」

香奈が咳をして、口に溜まった血を吐き出す。

(・・・・・・)

香奈は黙って立ち上がり、そのまま家へ向かった。

 

家へ着くまでは頭が真っ白。何も考えられない。

ただ赤い空を見ながらテクテクと歩く。

 

「ただいま」

家へ着くとそのまま自分の部屋の二階へあがった。

電気を付ける。

 

 

毎日見ている、写真立てに入っている中学生時代に信夫とツーショットで撮った写真。

それをしばらく見ていると情けない気持ちが香奈の中で急に膨らんできた。

 

バンッ!写真立てを手で払った。

床に落ち、ガラスが割れる。

そして香奈は床に突っ伏した。

声は出ないが涙が止まらない。

今までこんなに泣いたことがあっただろうか・・・

こんな気持ちになったことがあっただろうか・・・

ただひたすら涙をこぼした。

 

泣きつかれた頃に、ケータイが鳴った。

信夫からだった。