《祭》
当日。
学校のほぼ全生徒が色々な思いを交差させる学園祭。
香奈は心が定まらず、早く起きてしまい学校へ早く登校した。
校門をくぐる前から見える。たくさんの生徒。
「みんな同じ気持ちなんかの・・・」香奈は学校を見渡しながら呟いた。
何をするわけでもなく、香奈は学校をぶらぶら見て周った。
「食べ物の露天ばっかり・・・」
香奈が言うように、お約束とばかり喫茶店や、たい焼き屋が軒並み並んでいる。
とても、にぎやか。
だが香奈は妙な孤独感を感じて一人で歩いている。
ふと足を止めた。
自分のクラスだ。
「ウチらのクラス、何やるんだっけ」
軽く顔を出してみた。
「カレーショップか・・・」香奈の鼻腔をスパイシーな香りが刺激する。
自分の意思とは関係なく、厨房に当たる場所に入り込む。
「・・・インスタントコーヒーの粉入れると味わいが深くなるよ」
香奈が独り言のように言った。
「それほんと?」後ろからすぐ声がした。
今まで話したことのない女子のクラスメートだ。
「ん・・・うん、本当だから試してみるといいよ」
香奈はぎこちなく話す。
「香奈さんって実は家庭的?初めて話すけど」
「うん・・・カレー屋でバイトしてた事があるから」
「へぇー!じゃあ時間ギリギリだけど、カレーについて教えて欲しいな」
「うん、ええよ・・・」
カレーについて話している最中、香奈はずっと(これがクラスメートっていうものか)としきりに思っていた。
「ありがと、香奈さん。カレー頑張るわ、厨房責任者としてカレー王になる、ウチ」そう言って女子はケタケタ笑った。
香奈も釣られて少し笑顔になる。
「ところで香奈さん、今日ボクシングするんだって?」
急にその話しになった。
香奈の表情が暗くなる。
「うん・・・」
「香奈さん、ひょっとしてかなり緊張してるとか?」
「してる・・・」
「するよなぁ・・・」女子は腕組みをした。
「・・・」
「よし!カレーのお礼に、何でも愚痴をきいちゃる!」明るく女子は答えた。
「愚痴?」
「うん、不安だーとか思い切りぶちまけちゃえ」
「不安・・・」
「不安とかじゃないの?」
女子は傾くように香奈の顔を覗き込んだ。
「ウチ・・・怖い」
しばらく女子は黙り込んでいた。
そして明るい顔になる。
「覚悟っちゃ、香奈!」
「覚悟?」
「そう、ウチがリングに上がるわけじゃないから偉い事は言えんけど・・・覚悟したら何も怖くないと思うよ?」
香奈の心に一瞬、ほんの一瞬だけ心地よい風がひゅうと吹いた感じがした。
「頑張れ!香奈っち!」ウィンクをして親指を立てられた。
「うん」
香奈は小さく手でバイバイをすると教室から出た。
「そういえば同じクラスメートなのに名前知らない・・・聞けばよかったかな」
香奈はそう言うと、足は自分の試合待合室へ。
簡易的なテントが待合室だった。
そこにはボクシングジムの女性の先輩が一人待っていた。
「学校に頼んで、セコンドにつかせてもらうようにしたから」
「一之瀬さん!」まさかのセコンドに香奈は驚いた。
「サプライズゲストってやつだよ!んで相手は空手やってるんだって?でも私がいるから大丈夫!」
一之瀬は20歳で、バイトをしながらジムに通っている。大学にも入らずプロボクサーを目指しているらしい。
「なんか早く来すぎちゃった、試合は昼食後だったよね」一之瀬は頭をポリポリと掻いてとぼけた。
「いや・・・一之瀬さんがいるだけで助かります・・・」
「香奈ちゃん、ひょっとしてドキドキして何していいか判らないんじゃない?」
その通りだった。
「はい」香奈は即答した。
「私も初試合の時そうだったなぁ・・・」
「やっぱりそうなんですね・・・でも今は慣れましたか?」
「いや、今だって試合前は逃げ出したくなるよ」
「なら、どうしたらいいんでしょう・・・」
「カンタン」
「逃げるんですか?」
「ちゃうちゃう、覚悟が決まる時って絶対来るから」
「え・・・いつですか?」
「いつだろうね」一之瀬はそう言って笑顔を見せた。
「・・・一之瀬さん・・・。覚悟決めて、試合に勝ちたいです」
「うん、詳しくは知らないけど何かあるなって思ってた」
「やっぱり顔に出ちゃうんでしょうか」
「うーん、何となくそんな感じがしただけ。でも立ち入っちゃいけないみたいな雰囲気も出てるし」
「ちょっと言うのは恥ずかしいです・・・」
「恋愛が絡んでそうな顔してる」
香奈はドキッとした。
「ハハハ、これ以上突っ込まないって」
一之瀬はケタケタと笑う。
(でも、負けたようなもんか・・・あっちのセコンドには信夫・・・)
ふう。とため息をつくと、香奈はそこに置いてあるパイプ椅子に座った。
くしゃっ
一之瀬が香奈の頭を荒っぽく撫でた。
「悩め!」そう言ってニッコリ笑う一之瀬。
無言で香奈は俯いた。
くしゃくしゃっ
さらに乱暴に一之瀬は頭を撫でてきた。
「好きなだけ悩めって!今のウチにね♪」
そう言って一之瀬はテントから出て行った。
(悩んでいいのか・・・何か変な気持ちだ)
香奈は何かくすぐったい気持ちになった。
そして試合直前までさんざん悩んだ。