《祭》

炎天下。

リングの上は熱い。

ギャラリーの中では皆がタオルで汗を拭いている。

その中、上手いこと入り込んで飲み物やアイスを売っている生徒がいる。

 

加奈は体勢を低く構えていつでも特攻できる状態にある。

(クソ女ッ!)静子は冷静さを少しずつ失っていた。

だがそれは本気を出す前触れ。決して自分らしさを失うのは静子にとってマイナスではない。

逆に加奈をストップがかかるまでに半殺しにしてしまうだろう。

(猛牛はタマを抜いたらもうおしまいか・・・)静子は思った。

一撃でも、反撃を考えれない位に強烈なパンチを打ち込む。

そうすれば怖くて加奈は攻め込んで来ないだろう。

考えた瞬間に静子は動いていた。

 

「あれ?」

加奈は思わず声を出した。

静子の背中が見える。

何で敵に背中を見せるんだろう?

 

「裏拳ッ!」一之瀬の声がした。

 

 

(え?え?)

 

グシャァッ!

 

加奈の顔面に何を考える余裕も無く、裏拳がめり込んだ。

加奈のマウスピースが宙に舞う。

「あっ・・・」

一之瀬は飛んできたマウスピースを掴んだ。

掴んだ瞬間は加奈の口からまだ血と唾液が糸のように伸びて繋がっていた。

加奈は・・・

 

まだ立っていた。

パンチの衝撃に耐えようと必死に立って、両足をガクガクと震わせている。

(もう一発いるか!?)静子がそう思っていると

 

「ブホッ」と音がして、加奈の口から血と唾液が拡散状態に吐き出された。

静子はそれを被ってしまったが、ニヤリと笑う。

(なんだ、もう終わってたのか)

静子は両手をおろして加奈を見ていた。

ドンッ

 

加奈はあおむけにダウンした。

レフリーがすぐにカウントを始める。

 

「いい汗かいた」

そう言って静子は信夫の方を見た。

信夫は真っ青な顔をしてダウンしている香奈を見ていた。

「信夫さんっ!」

「あ・・・あ?」

「終わりでしょ、いい汗かいたわ」

「う・・・うん」

 

(気に入らない・・・)

静子は、加奈を気にしている信夫の態度がひどく気に入らない。

 

カウント8で加奈は立ち上がった。

ギャラリーは盛り上がらない。

加奈の右目は貼れて塞がれて、鼻と口から血を滴らせている。

その恐ろしさ故に、盛り上がらない。

「良く立った!」

その言葉を吐き出したのは静子だった。

(病院に入院させる位にまだまだ叩き込まないとね)

静子の狂気が静かに爆発しそうだった。

 

一之瀬はタオルを手に握り締めた。

全てが判った気がしたからだ。

静子からは殺気が出ている、タダではすまない。

 

一之瀬がタオルをふりかざし・・・

 

 

「ダメ・・・」

加奈がいた。

加奈は両手を広げて、一之瀬がタオルを投げるのを阻止している。

「・・・」

一之瀬は一旦タオルを降ろした。

加奈の行動によってではない。

静子が殺気をユラユラと体からたちのぼらせながら迫っていたからだ。

そして加奈の後ろから正拳突きを・・・。

 

一之瀬は、自分の手ではもう間に合わないと目をつぶった。

(クソ女がッ!)

静子の拳。

拳は

何にも当たらなかった。

後ろから見えないハズなのに、加奈は首を倒して避けていた。

「・・・反則・・・それ反則ね・・・」

そう言って加奈が両足の筋肉をフルに使って振り向く。

そして振り向きざまにフックを。

 

バキッ!と音がして、見事に加奈の拳が静子の頬にめり込んだ。

「ブッ!」

静子が口に溜まった大量の唾液といっしょにマウスピースを吐き出した。

 

(やば・・・でもパンチの強さは並みより少し上・・・)

静子はそう計算して、こちらからも報復してやろうと構えようと・・・

(あ?)

静子の目には加奈の背中が見えた。

ドンッ!!!

ギャラリーまで伝わる振動。

加奈の裏拳が静子の逆の頬に強烈にヒットしていた。

「ヴうっ!」

静子は残りの唾液と、血を撒き散らして体を回転させるようにダウンした。

体がドンッと跳ねる。

マットを舐めるようなうつぶせのダウン。

 

静子は脳裏に、小さい頃に父親に殴られた思い出が蘇ってきた。

レフリーがカウントを数えだした。

自他共に認める空手の天才という静子の心にある看板。

それにミシッと音がしてヒビが入るのを感じた。

(くっ・・・クソ女が・・・)