《祭》

「お帰り」

加奈は検査から帰ってきた静子に声をかけた。

「ん。異常ナシだって」

静子は冷たく返事をすると、自分のベッドへ滑り込んだ。

病院の相部屋に二人はいる。

これで二人とも異常ナシと判断された。

明日にはこの真っ白い部屋から解放される事だろう。

「とりあえずアバラが折れてなくてよかったよ」独り言のように加奈は言う。

「・・・・・・」

静子は黙りが多く、加奈は何を喋って良いのか判らなかった。

 

静子はずっと考えていた。

もう学校も終わりの時間だ、誰か一人でもヒマを見つけて来てはくれないのだろうか?

あまりにエグい反則を使いすぎて、皆に愛想をつかされてしまったのだろうか?

「そりゃそうだろうな・・・」ついポツリと静子は呟いた。

「ん?」加奈はすぐに食いついた。

「何でもないよ・・・」

「そう?」

「うん、そう」

 

また沈黙が流れる。

 

そろそろ病院の夕食の時間だ。

カレーの匂いが漂ってくる。

「口の中切ってるのにカレーかよ・・・」静子はまたポツリと言う。

「あっそうか!切ってるんだった・・・」加奈は口の中を指で触って、イテテと一人で痛がっている。

それを見て静子はフッと笑った。

 

「加奈―」ガラリと戸が開き、ずんどうを持った女子生徒が数人入って来た。

病院食と思ったが、それは加奈のクラスの出し物のカレーの匂いだった。

「ほらカレー、試合後におごるっていったじゃん」

そこにはカレー王がいた。

「たっ食べれないよ!病院の人にも怒られるでしょう!」加奈はあわてて言ったが、入り口で看護婦が笑っているのをみると

きっと説得してここまで運んできたんだろう。

加奈の前には小さい盛り皿にカレーが載せられている。

 

「くだらない・・・」静子はそっぽを向いて布団に潜り込んだ。

とはいえ、カレーの匂いはそそられる。

(誰か差し入れでも持って来ないのか・・・)

 

病院食はいつまでたっても来ない。

つまりカレーは二人に出されるモノだという事だ。

 

(おいしそう、それ私も食べていいかな?)静子は頭の中でシミュレートをする。

言えない。

プライド?

考えていると、チョイチョイと肩を叩かれた。

ん?と静子が振り向くと、カレーが用意されていた。

「ほら、加奈ちゃんのライバル。カレー食べなよ」

(カレー・・・)

(カレーなんてっ!)

静子はそのカレーをお椀ごと手ではじいた。

床にご飯とカレーがベチャリと落ちる。

 

少し沈黙の時間が流れた。

 

「そりゃ、部下みたいにしてた友達も来ないわけだよ」カレー王は言った。

キッ!と静子はカレー王を睨む。

「さっき色々聞いたけど、あんたの取り巻き連中はあんたの悪口しか言ってなかったよ」

「そ、そうなのか・・・」カレー王の言葉に静子はうつむいた。

ショックではない

(当たり前だな)と静子はただ、そう思った。

 

カレー王は再度、カレーを用意して差し出す。

「ま、こっちは何の関係もない、とりあえずおなかすいたでしょ?食べなよ」

「・・・」

静子はそれを受け取った。

食べずにジーッと見ている。

「ウチのクラスのカレー王の力作なんだ、食べてもらえないかな?」加奈は笑顔でそう言った。

 

静子は相変わらずカレーをジーっと見つめている。

 

ポタリ

ポタリポタリ

静子のカレーに涙が落ちる。

鼻をすすって、肩を揺らし始めた。

 

「そ、そんなに感激される味じゃないかも・・・」カレー王は驚いてそう言った。

 

「んっ!」

静子はカレーをスプーンでザックリとすくうと、口に放り込んだ。

モゴモゴと口を動かす。

皆がその様子を黙ってみていた。

すると

静子はついに子供のように声をあげて泣き出した。

次へ次へとスプーンでカレーを口に頬張る。

 

「おいしい・・・おいしいよぉ加奈・・・おいしいよぉ・・・」

静子は口の中のカレーがポロポロ落ちるのも気にせず、泣きながら食べた。