《祭》
「ねえ加奈、寝た?」
静かな病室で、静子がボソボソッと言った。
「寝とらんよ?」
「あのさ、ずっと考えてたんだけど」
「何を?」
「信夫の事。香奈が勝ったから香奈のオトコね」
その言葉に、香奈はフフッと笑う。
「信夫は物じゃないけ、それはまた別。信夫の気持ちも考えんと」
「香奈、せっかくひどい思いしてウチから勝利勝ち取ったのに・・・」
「それは別。今となってはね」
静子がクスクス笑った。
「面白い人じゃけ、香奈は」そう言って静子は窓の向こうに見える月を見た。
「祭り、終わってしもうたね」香奈は懐かしそうに言う。
少したって静子が口を開く。
「凄い一日だったね・・・。私思うんよ」
「ん?」
「二人でマスクしてさ、私がヒールって設定にしたら子供ももっと見に来たんじゃないかな」
その静子の提案に、ハハハッと小さい声で香奈は笑った。
「でもよかったと思うんよ、ウチ」
「何が?」静子がキョトンと聞く。
「今日の結果、誰も泣いとらん、誰も心を深く傷つけとらん」
そう言いながら天井を見つめる香奈。
月の薄明かりの中、静子は香奈の真っ直ぐな綺麗な瞳を見た。
「・・・そうね、傷ついとらん・・・」静子は落ち着いた声で答えた。
「ウチ、緊張して追い詰められてどうしようもなくなったけど、試合やってよかった」
「ハハ、何でだろ、私は勝つしか思ってないたいしたこと無い試合だと思ってたけど、同じ気持ちかな」
香奈が右手を差し出した。
「浦崎香奈」
静子は左手を差し出す。
「酒井静子」
両手がガッチリと結ばれる。
「さあ信夫、どっちを食べる?」
香奈が腕組みをしている。
「勿論私のですよね?信夫さん!」
静子が眼鏡の奥から恐ろしい目つきで信夫を睨む。
信夫の机には二つの弁当が置かれていた。
「どっちって・・・どうすりゃええんじゃ・・・」信夫は困り果てていた。
「私の弁当よね?」
「いや、ここはちゃんと、料理教室に通ってる私の弁当を!」
「いや、ワシはヤキソバパン食ったけぇ・・・弁当は・・・」
信夫が弱気になって発言すると
「で!?」
「で!?」
二人に睨まれる。
「よ・・・よっしゃ!二つの弁当食ったら!これでええんじゃろ!」
信夫は観念して二人の弁当を交互に食べだした。
その様子を見て、香奈と静子は腹をかかえて笑い出した。
そのまま二人は笑いながら外へ。
外へ
羽根が生えたように自由で
いつかどちらかが傷つくかもしれない
でもそれも思い出
夏の夕立
過ぎ去った後、何気ない人生が始まる
二人の自由な羽は折れたりはしない
信夫は二人の弁当を完食すると、二人の弁当箱の底から紙が出てきた。
香奈の紙にはこうあった
―私の事まだ好き?本気だったら今日ケータイに連絡ちょうだい♪―
そして静子の紙には
―やっぱあなた魅力ない、もっといい男捜すわー
「あいつら・・・」
信夫はそう言ってグラウンドを窓から見た。
「祭りは終わったんじゃのぉ」
開いた窓から入り込んでくる風がカーテンを揺らす。
しばらくその風を浴びた後、信夫はポケットから携帯電話を取り出した。
「祭」 完