《アフター・ザ・ラストバトル》
卒業試合前夜。
美由紀は落ち着かない。
部屋でイメージトレーニングをしようとしたが、「どの体勢でもパンチを打ってくる」
という相手だ。イメージのしようがない。
煮詰まった時はいつも学校の屋上へ行く。
屋上から月を見上げるように寝転がっていると、何となく落ち着く。
気が付くと、近くにも寝転んでいる人がいる。
同じようなことを考える人もいるものだと目を瞑る。
しばらく瞑想。
そして目を開けると・・・
美佐子の顔がいっぱいに迫っていた。
「ひっ!」美由紀は飛びのく。
「なんだぁ美由紀ちゃん、驚かなくても美佐子だすよー」
「その美佐子だから驚いてるんだってば・・・」
「美由紀ちゃんも月を見ながらお菓子だすかー?風流でいいだすねー♪」
「おっ・・・お菓子?」
「今日新発売のピョッキー珈琲味、食べるだすか?」
「いや、私はいい・・・」
「なーんて〜♪実は明日の試合のイメージトレーニングだすよ」
「あ、同じこと考えてたんだ」
「ほれ、見るだすよー」
美佐子は立ったまま体をのけぞり、逆Uの字に体を曲げて手のひらを付けた。
「がーいせーんもーん!」
「か・・・体柔らかいね・・・」
「とみせかけてパーんち!」
その体勢のまま、ゆっくりパンチを打ってくる。
(凄い背筋だ・・・)美由紀はかなり驚いてしまった。
「ん?どうしただすか?」
美佐子は逆Uの字のまま、手を付かずに両腕を組んでいる。
「いや・・・何でもない・・・」美由紀はそれを見てしまったことに、逆に後悔してしまった。
(今回の相手はヤバい!)そう考えていると
「いやー、今回は相手がヤバいだす!」美佐子の方から口を開いた。
「えっ?」
「だって、一発のパンチの威力が今までの選手の非じゃないだすよ?美佐子は気持ちが重いのだす!」
「いや・・・逆に私も・・・」
美由紀が言いかけた時、足音がした。
零だ。
「その雰囲気は、美佐子先輩と美由紀先輩ですね」
「あったりー♪」美佐子が凱旋門の格好のまま手を叩くと、上体を起こした。
「よかった、先生からお預かりものがあったんです」零は鞄から錠剤を2錠出した。
「超短期型睡眠薬です、明日の試合に向けて、眠れないといけないので」
「あー!それは頂くだす・・・それで」美佐子は零に、にじり寄った
「はいっ?」
「甘い?」
「あ・・・甘いです」
そう聴くと安心したのか、美佐子は錠剤をポイッと口に放り込んでバリバリと噛み砕いた。
そして次々とお菓子を食べる。
「これは私にとって甘い部類じゃないだす!くーっ!薄苦い!」
(珈琲味のお菓子もビターなのに)美由紀はそう思いつつ
「これは試合が終わってゆっくり寝るためにもらうわ」
そう言って美由紀はポケットに入れた。
「あ、美佐子先輩、その薬最大血中濃度は5分ですから」
「なんだすか?それ」
「要するに、5分で効くんです」
「はやっ!早く布団もってくるだすよ!」
「ご自分がベッドへ行ってください!」
「まだ美由紀ちんと話したかっただすよ!」
「知りません!帰りますよ!」
零に怒られるような形で、美佐子は帰っていった。
ポツンと美由紀だけが残った。
「ヤばいな・・・精神的にっていうか・・・美佐子は零っていう存在がいるだけ、プレッシャーは緩和される・・・」
独り言を言いながら帰ろうとすると、前に人が立ちはだかっている。
「プレッシャー・・・緩和しに来たよ・・・アハハ、何て顔してるの」