《アフター・ザ・ラストバトル  アナザー・ザ・ラストバトル》

「へへ・・・へへへ・・・」

美佐子がうつ伏せになったまま、起き上がろうとしている。

「ンぷっ!」

べちゃぁ・・・

マウスピースを吐き出して、唾液と血を口からダラダラ垂らしながら、中腰になる。

「出来るか!?」レフリーが両グローブを掴んで言う。

「だーいじょーぶ・・・まだ血が足りないだすよ♪」

見る感じはまだ元気そうだ、美由紀は少し戦慄をおぼえた。

「美佐子先輩!今は引いた方がいいですよ!」

零が叫ぶが、美佐子は聞かずに攻める気満々だ。

「ファイト!」レフリーの声に、飛び出る美佐子。

「美由紀!玉砕してくるから慎重に!」小百合が叫ぶ。

「来いッ!」美由紀が普通のスタイルに構える。

美佐子のストレート!

美由紀は何なくガード。

その自分のパンチの衝撃で、美佐子は嘔吐した。

「がはっ・・・零―!肝臓より・・・アバラやられた!」美佐子が叫んだ。

「はうっ!自分でウィークポイント言っちゃダメです!えーと・・・」

「えーと?」

「頑張って耐えて下さい!」

「よし!がんばってたえる!」ポジティブシンキングな美佐子。

そして亀のようにまるまってガードを始めた。

「やっかいなガードね・・・美由紀・・・焦らないでね」小百合は少し不安になった。

美佐子は恥も外聞も無く、その場に適応するスタイルを持っている。

美由紀が一番焦るタイプだ。ガチガチのガード戦法。

「焦るなって言われても!こんの!」美由紀が大振りにフックを打つ。

と、急に美佐子がガードをといた。

「お?っとっと」急に殴る対象物が無くなってつんのめる美由紀。

 

 

ぐしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 

(あれ?)

えぐるようなアッパーで美由紀は宙に浮いていた。

「ここから美佐子流必殺技!」

そういうと美佐子は一歩踏み込んだ。

体の降りてくる位置に待つと、再度アッパー!

 

がごっっっっ!

 

だんっ!

美由紀はあおむけに倒れた。

「ツインアッパー!だす!」

「ンヴはぁっ!」

そのまま美由紀は血みどろのマウスピースを60センチは吹き上げた。

そして白目のままゴロンと顔を傾け、完全に失神した。

「ダブルのアッパーなんて初めて・・・見た」小百合は驚いた。

型破りすぎる。

「うげう!」美佐子の体にも相当負担がかかったようで、再度吐いた。

 

美由紀は起きない。

「う・・・がぼっ!」

美由紀の口から泡が吹き出された。

 

「出し尽くしただす・・・こりゃもう立てないだすよ・・・」美佐子が自分のコーナーへ戻ってぐったりとしている。

だが美由紀はカウント8で立った。

(立った・・・の?)

長年の経験。

プロレスラーは寝ていてもカウントをとると肩を上げるらしい。

(そうか・・・私の体はまだ動くんだ、死んじゃいない)

血が体中を巡っている。

(何度こんな試合をしてきたんだろう・・・その度に自分の体に驚かされる事が多いよ・・・)

 

まわりががやがやと五月蝿い。

頭がぼんやりして、美由紀は誰が何を言っているのか分からない。

 

視界の中。ずる・・・ずると何かが近づいてくる。

美佐子だった。

美佐子は力を出し切ってスタミナも限界で、ズルズル近づいてくる。

「限界・・・だす・・・こんな・・・試合・・・二度と・・・やりたくないだす」

美由紀がかすんだ視界の中、フックを打った。

「うおっ・・・と・・・」美佐子はそれをよけるが、わき腹に痛みが走る。

美佐子はクリンチをする。

(あれ?クリンチをされた?ちょっと休んでいいのか・・・な・・・)

抱きつかれた美佐子から、甘酸っぱい汗のにおいがたちのぼる。

(女の子の・・・香りだ)

美由紀は気を抜いてしまった。

美佐子が息を整えてゆっくりとクリンチを解く。

「はあ・・・はぁ・・・チェックメイト・・・」

美佐子が右でフックを打とうとする。

激痛がわき腹に走った。

(もう左しかないだすな・・・でももうこれで終わるだす・・・)

美佐子が左手をふりかぶった。

「美由紀!一時の方角でガード!」

 

 

「はっ!」

 

小百合の声は金切り声に近かった。

切実で、ストレートに美由紀の心に届いた。

 

ガッ!

美由紀はぼやけた目で、しっかりと美佐子の左フックをガードした。

「行け!美由紀!1時の方向を狙って!ストレートで!」

それは美佐子も聞いていた。

「バカだすかっ!1時の方向を避ければいいだすね!それは2時ッッ!」

「うぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

美由紀の左ストレート。

 

ぎちぎちぎちぎち!

美佐子のわき腹が悲鳴をあげる。

(ぐぁぁぁぁ!でもこれを避けたら一発ぶち込んで完! だす!)

 

 

ぐしゃ・・・・・

 

美佐子の顔が美由紀のストレートで歪む。

「なん・・・で・・・ぶぁっ!」

血を吹き上げて美佐子があおむけにダウンする。

 

「美由紀のストレートは内側にまがるクセがある!そして美佐子さん!あなたは

出したパンチ寄りに避けるクセがある。しかしわき腹の痛みに思うほど避けれなかった。

美由紀の癖+美佐子さんの癖 で、パンチは必ず当たると思った!」

 

だが美佐子は聞いていない。

腰から全身にかけて痙攣して、失禁を始めた。

最初は意識があって、チョロチョロと尿が出るくらいだったが

意識を失うに伴って、ジョーと音をたててほとばしる。

「美佐子先輩が失禁・・・」零はここまで美佐子が痛めつけられた所を

見たことが無かったので、直視出来なかった。

 

カウントが進む。

「ぷぉっ!」

美佐子がマウスピースを宙に吐き出した。

唾液と血がパラパラと顔に振ってくる。

そしてビチャっと自分の顔面にマウスピースは当たる。

それがラッキーだったのか、美佐子はほんの僅かに意識を取り戻した。

(まだ・・・まだ・・・まだだす。まだがむしゃらにパンチを打てば勝てるかも。

体の感覚が・・・無い?へへっ、痛くなくていいだすね)

美佐子は立ち上がろうと、体をググッと動かした。

視界の良くなってきた美由紀は、ただ呆然と(立ち上がるな!立ち上がるな!)と願っている。

美佐子がゴロッとあおむけからうつぶせになる。

そして・・・ゆっくりと立ち上がってしまった。

通常なら激しい痛みで無理なのだが、今は体に激痛を感じない。

あまりに激しいショックを受けると、体は痛みを感じないようにする働きを持っている。

「出来るか?」レフリーが毎度毎度同じ質問をする。

「それは美由紀ちんに・・・言ってあげたらどうだすか・・・」

レフリーは血みどろのマウスピースを、顔をしかめて拾い上げ、美佐子の口に入れる。

真夏の会場は、美佐子の尿の香りが漂っている。

いや、美由紀の汗、美佐子の汗の匂いも。

 

「ファイト!」

 

しばらく二人は向き合って動かなかった。

少しでも体力の回復を狙っているのだろう。

 

 

零は

 

タオルを投げようと手に握り締めていた。