《アフター・ザ・ラストバトル》

「私かよ・・・」美由紀は夜、自室で頭を抱えていた。

学校側も迷わせないように、すぐカードを組んできた。

明日。

(私が負けてもいいから失明だけは・・・)

そう考えていると、小百合の事が脳裏に浮かぶ。

(負けちゃだめなんだ・・・ボディ攻めのみ?でもそのくらい零は分かってガードしてくるハズ)

悩む時間すらない。

(なんで私なんかを・・・私なんかを指名して・・・)

(なんで・・・なんで・・・)

(なん・・・で・・・)

 

 

 

「あっ!」

朝だ。

試合だ。

ドアがノックされて「美由紀さん、試合の準備に入りますよー」と声がする。

何もかもスピードが速い。

心の整理がつかない。

速い。

時間よどうか止まって欲しい。

でも

もうリングの上

美由紀は赤コーナー、赤いグローブ

零は青コーナー、青いグローブ

二人ともトップレス。

完全に最初から零が格下扱い、当たり前だが。

 

 

早すぎるゴング。

 

(今までの、どの相手より怖い・・・)美由紀は萎縮してしまった。

零をチラッと見る。

今までに無い鋭い表情をしている。

(ボディ打ったらぁぁぁっ!)

美由紀はボディをぶち込む。

零はスイスイとフットワークで逃げる。

焦ってボディへボディへと持っていこうとする美由紀。

もちろん、ミエミエのその攻撃は零に届かない。

(届け!届け!)

ドヴォッ!!!

 

届いた。

 

だがそれは零があえて腹のガードをむき出しにして打たせたパンチだった。

「うっ・・・うっ・・・グヴッ・・・グッ・・・」

吐きそうに苦しそうに体をねじらせる零。

「げぇ・・・」

すぐに零は自分の足元に吐いた。

会場がシーンとなり、びちゃびちゃと液体のこぼれる音だけが響き渡る。

「これで・・・まん・・・ぞくですか・・・こんな・・・試合で・・・」

零が苦しそうにしながらも睨んでくる。

「わたしは・・・まんぞくじゃ・・・ありません・・・」

零は膝をついた。

しかしすぐに立とうとする。

足がガクガク震えている。

 

「零!なんで私があなたの最後の試合をっ!」

「美由紀先輩って・・・一番怖くて・・・一番大好きで・・・強い存在だから・・・」

「・・・!」

「私、怖がりでどうしようもないグズで・・・何やってもだめで・・・」

「じゃあ目が見えるうちにここをやめちまえよ!」

「いえ・・・せめて最後は逃げずに・・・逃げずに終わりたいんです・・・だから」

「・・・」

「だから・・・私の最後の壁になって下さい・・・」

 

 

「できないっ!!!どうしても・・・」

美由紀がボディを打つ。

ドヴッ!

クリティカルヒット。声も出さずに苦悶の表情で零は耐える。

「あ・・・う・・・」

零のパンチ。もう力が入らない。

 

格が違いすぎる。

 

「ボディじゃ・・・たとえ死んでも・・・倒れません・・・」

 

 

 

「倒れろ!」

リングサイドから声がする。

零を虐めていた連中だ。

「そこまでアタシたちも求めてないよ!そこまでする必要ないよ!」

 

その声に、零は振り向いて笑顔を見せる。

「分かってるヨ、でもこれは私のけじめだから」

いつもの天然さのかけらもない、必死の零だ。

美由紀が動揺しきって、Kの方を助けを求めるように見る。

Kは目を瞑って静かに座っている。

(楽にしてやれ)

それを見るだけでそう美由紀には見て取れた。

 

美由紀は深呼吸をした。

(楽に・・・してやろう・・・)

 

 

美由紀は初めてストレートを打った。

これ程までに相手の顔面まで時間がかかると感じるストレートがあっただろうか?

 

 

ぐしゃっ・・・・

 

 

 

びたん・・たん・・たん・・・

 

零のマウスピースがマットに落ちて跳ねる。

 

「わ・・・わぁ・・・み・・・美由紀先輩のストレート・・・」

零はゆっくり美由紀のほうへ首を向ける

「ごっついですね♪」

 

 

「ああ・・・だてに学校の1〜2を争っちゃいないよ」

 

 

「ほんと・・・思った以上に・・・でも私はまだ負けません!」

 

「来い!最後なんだろう?零。来いっっ!」

 

「はい♪」

 

零がパンチを打つ。

美由紀にはかすりもしない。

「やっぱり、見えないとだめですね♪ははは」

ぶん!ぶん!零がパンチを振り回す。

「強烈でした♪ボディも・・・ストレートも・・・」

ぶん!ぶん!

「金魚のフンみたいに人にこびて・・・天然だって言われて・・・」

 

ぶん!

「怖いもの全てから逃げて・・・なんかヤだったんですよ」

零は疲れてパンチを振り回すのをやめた。

「零・・・」

零は涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。

「ありがとう・・・ありがとう・・・」

 

「打て!勝てー!」

零を虐めていた輩も、目が見えなくなったのに気づいている。

「一回くらい勝てよぉ!虐めたんだからちったぁ強くなってるだろうよぉ!」

 

 

「ありがとう・・・試合をやって本当によかった・・・」

 

「ありが・・・と・・・う・・・」

ダンッ!

零が力尽きてダウンした。

 

「あんたを倒して・・・初めて最初から倒すべきだったって気づいたよ・・・でもあんたの尊厳を守れてよかった・・・」

美由紀は倒れて動かない零を上から見下ろして独り言を言った。