《うるど》

「はねぇ、しっかりしてよぉ」

うるどが、はねに肩を貸して歩いている。

(貧乏神・・・ごめん・・・ごめん・・・)

足が鉛の靴を履いているように重い。

「うるま・・・私死んでもいいかも」

ふっとはねが口からそんな言葉が出た時。

ぱしっ!とうるまがはねの頭を叩く。

「死ぬとか言っちゃダメです♪」

うるまは明るい態度で場を和ませようとしていた。

ヘタなりに。

と・・・。

家へあと800メートル位の距離だろうか。

うるまとはねの前に、ぬーっと影が被さる。

「え?」

うるまは思わず変な声を出してしまった。

「生きる気力の無いヤツを探してきたらやっぱりここか」

二人の目の前に死神が鎌を構えて立っていた。

「死神???見えるってことは私の家に憑いたの?」

うるまははねをかばうように後ろへまわすと言った。

(死神・・・死)はねは呟いた。

「家に憑いた?違うよ、この街に憑いたんだ、ふと思い立ってね」

「思い立って?」

「一つの街をゴーストタウンにしたら給料あがるもん・・・ただ」

「ただ?」うるまは出来るだけ話を伸ばそうと食いついた。

「不必要に人口を死神が狩ると天使から苦情が来て大変だからよ、早めにやっちゃいたいと思ってさ」

死神が鎌を振り上げる。

「さ、そこの生きる希望のない娘さん、こっちへおいで」

「うん・・・」

ドン・・・と軽くうるまを跳ね除けると、はねはトボトボ死神の方へ歩いていった。

(私らしい死に方かもしれない・・・)

 

「ちょ、ちょっと!はね!何してんの!?」

「・・・死のうと思って」

「ガタガタうるせえよ、じゃあ、痛くないからいくよ」

死神は手馴れたように鎌をヒュッと振り下ろす。

ドッ・・・

死神の鎌は胸を突き刺し背中へ貫通した。

 

うるまの胸を・・・。

うるまははねの前に素早く飛び出ていた。

 

「うるま!」

うるまの体に一瞬の電気のような痛みが走った。

「うるまぁ!」

はねの声に、振り返ることなく、うるまは倒れた。

「うるま!うるま!」はねが必死にうるまに声をかける。

うるまはゆっくりと薄目を開けた。

「なんか、気がついたら飛び出ちゃって・・・」

うるまはイタズラの見つかった子供のように無邪気に照れ笑いをしている。

はねはショックで言葉が見つからない。今にも息絶えそうなうるまのほうが冷静だ。

「はね、何か私に伝えたかったんでしょ、今日。今言わないと時間もうないよ・・・」

はねは死神を見た。

「ん・・・待つ、言ったら?」死神は待ってくれるらしい。

「私は・・・うるまのコト・・・」

息が詰まる。

最後の最後のチャンスなのに言葉が出ない。

「うるまのコト・・・あ・・・」

「今度は涙が玉のようにぽろぽろ出てきた」

愛してると言えば終わる。それだけ。しかも時間はもう無い。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」はねが絶叫した。

そして

「うるま、愛してるよぉぉ!」はねは、うるまのおでこに自分のおでこを当てた。

「その・・・家族愛とかじゃなくて・・・レズビアンの・・・」

「知ってたよ、無理に言わなくてもいいから・・」

「知ってたの?何で?」

「だてに双子やってませんよっ」

「気づいてたんじゃん、緊張して損した・・・」

 

 

「・・・そうだな・・・キスまでならいいよ・・・」

 

「え・・・・・・」

 

(時間がない!)

はねは無我夢中でうるまを抱き上げた(最後なんだ・・・)

うるまが目を閉じている。もう消える寸前なのかもしれない。

はねが唇を重ねる。

 

間に合った。

 

はねはうるまの「生きている吐息」と「やわらかい唇」を感じた。

いつも想像だけしていた、うるまの唇を見て一人で恥ずかしくなっていた。

その唇に、自分の唇が確かに触れている。

どんどんうるまが軽くなってくる。

うるまの体からは白い陽炎がゆれるように昇り、体が透けていく、無くなっていく。

(お願いだからいつまでもこうしていたい・・・こうしていたい・・・)

夢のような時間。

 

「じゃ」

 

はねの耳元にうるまの声がした。

はねの腕から重みが消える。

魂の残りだろうか、煙のようなものが風に溶け込んで去っていく。

この世から、「うるま」が消えた。