《うるど》

昼、大学にて

「あ、メール来た」

うるまが授業中に、コッソリとメールをチェックする。

―お父さんとお母さんはローカル線でゆっくり結婚記念日を楽しんでいます。

   何で娘3人が飛行機で行くのを拒んだのか分かりませんが、なかなか景色もいいし

                   これはこれでいいかなと思います。−

 

うるまは微笑んだ。

まるで結婚したばかりの夫婦のように父と母が写真メールでピースをしている。

「見せ付けやがって・・・」

そうして、うるまは携帯電話を閉じる。

同時刻、違う科目の教室でも、はねが同じメールを受け取り笑顔を見せていた。

                      *

「お父さん?今お時間ありますか?・・・」

「何だ愛子、お父さんは明日の会社の接待の準備でな・・・」

スピーチの原稿を書いているようだ。

「私、援助交際してました」

父親は原稿を書く手を止めた。

「あ・・・でも、今日キッパリと手を切って・・・もう二度としません・・・」

父親がこちらに向き直って立ち上がった。

パァン!

愛子は頬を打たれた。

「すみません・・・すみません・・・すみません・・・」

怯える愛子に父親は口を開いた。

「何も言わんで良し、これでお前の分は終わりだ」

「えっ?」

「責任を取るのは年上の方だ、相手を教えなさい」

「はい・・・」

「愛子、友達はいるのか」

「あ、今日のバイトで、はねちゃんっていう子と話が合って、今度遊ぼうねって・・・」

父親はうっすら笑ったように見えた。

「良し、友達はこれからどんどん増やしなさい、それと」

「はい」

「意味無くバイトでお金を貯めているが、友達と遊んでどんどん使いなさい、使う意味を知りなさい」

「はい」

父親は煙草に火を付けて、ゆっくりと息を吸い、煙を吐き出した。

「それと、タトゥーとドラッグだけはいかんぞ、それだけだ」

「しません・・・さすがに」

父親が愛子の眼を見ながら、ハッハッと息だけで笑った。

「お前を自由に育てるまで、永くかかったなぁ」

「自由にですか?」

「ああ、今の台詞、言いたくても言えなかったんだ、父さん、心配性だから」

「・・・」

「あー、楽になった、じゃあ父さん、仕事の続きやるからな」

「はい」

父親は煙草をふかしたまま、原稿用紙に文章を書く作業を再開した。

「ありがとう・・・」

愛子は一言だけ言うと、父親の部屋を出た。

父親は再度、文字を書く手を止めた。

「ありがとうか・・・娘から初めて聞いたが、悪いもんじゃないな」

 

 

             *

「なあ、俺なんで生きてるんだ?」

(まあ、こういう流れになっちゃったんだから、生きてるのを楽しみましょう)

「仕事はついてまわるんだよな・・・ってか次元の玉を押した者は魂ごと消滅するんじゃなかったのか・・・」

(しょうがないでしょう、大天使に気に入られて、秘儀まで使って生き返って天使にスカウトされたんですから)

「ま、八重。お前の記憶を俺の心に刻んでくれたのは有難いけどな」

(私はただの人間だったから、もう何が何だか判りません・・・)

「うるど様」

部屋にスーツを着た神が入ってきた。

「よぉ、下っ端」

そう言うとその神はムッとした。

「冗談だよ、貧乏神からいきなり天使の幹部になった成り上がりに気安く呼ばれたくないもんなぁ?」

「かわからないで下さい、ここではスーツ必着なのに、茶髪はいいにしろ、上半身裸の上にそんなにボロボロな風呂敷なんか付けちゃって」

「これはな?マントっていうんだ」

「うるど様のセンスは判りません・・・」

「お前、無理やりうるどって呼んでないか?元貧乏神って呼んでもいいんだぜ?」

「そそそそ、それは上から怒られます!」

「ウルドって神がいるから、カブらないように平仮名でうるどか・・・もうちょっとセンスなかったのかねぇ」

「はぁ、何とも・・・正直やりにくい方です・・・うるど様は・・・」

「で、何か報告か?」

「はい、例の街ごと喰らおうとして失敗して、次元の玉発動時にドサクサにまぎれて逃げた死神についてですね」

「どうした?」

「全ての権限を無くし、人間にして無間地獄に放り込みました」

「それが上からの罰か?」

「いえ、私が勝手にやっておきました」

「判ってるねぇ、アンタ」

「うるど様の付き人ですから、このくらいでないと・・・」

「何もかもいいねぇ、このなんか変な白い羽さえなくなりゃ・・・」

「なきゃ天使っぽくないでしょ・・・」

「わーった、もう下がれ」

「はい、何かあったらまた呼んでくださいね」

 

 

うるどはその場にしゃがみ込む。

時間だけが過ぎていく。

「なあ、八重」

(はい?)

 

 

 

「泣きてぇ、何でだろう」

                         END