《うるど》

「八重」

「何ですか?貧乏神さん」

「今日もな、何ていうか・・・天気いいよな」

「そうですね・・・少し散歩でもしてみましょうか」

「オイオイ、そういう意味で言ったんじゃぁねえ、病気が治るまで動くんじゃねえぞ」

「あなたこそいい顔立ち、背も高いし・・・それに髪の毛が茶色。あなたは南蛮人?」

「俺ぁ世界中を又にかける貧乏神だからさ、マントもメキシコ仕立てだ」

「その、まんと。というものから色々出るんですね」

「ああそうさ・・・だから、な?治るまでゆっくりするんだ。いいな?」

 

ポコン、と貧乏神の頭が何かで殴られた。

「いて、誰だい?」

「俺だ」

「辰さんじゃねえの、俺の貧乏力のせいで仕事クビになったか?」

「今日は暇もらってるんだよ・・・ちなみに殴ったのはこの大根だ」

「へぇー、どこから盗んできやがった?」

ポコン

「だから大根で殴るなって、それ辰さんの朝飯だろ?」

「長屋みんなのだ!」

「何怒ってるんだよ、俺が何かしたか?」

「お前がいるから貧乏なんだろう!」

ポコン

「辰さん、楽しんで殴ってるだろ」

「ああ」

ポコン

 

貧乏神は「長屋」に憑りついた。

当然長屋に住む全員が貧乏になってしまった。

「おい、八重、井戸端会議のババア共が俺の悪口言ってるぞ、聴こえてらぁ」

「貧乏神さんは耳が良いのですね」

「ああ、良いさ」

「何でいつも私の所へ?」

「労咳(結核)がうつらないからじゃないか?あんまり誰も寄ってこねえし」

「便利な体で羨ましい・・・」

今日は朝飯どうする?食えそうか?」

「今日はやめておきます」

「そうか、腹減ったら言ってくれ、俺が飯運ぶ時だけ連中にありがとうって言われるんだ」

八重が咳き込んだので、それから貧乏神は急いで布団をかけて休ませた。

「海へ行きたいんだろ?」

「はい、八重は海を一度でいいから見とうございます」

「なら寝ろ」

「はい・・・ゴホッ・・・すみません」

八重には身内がいない。働く前提で一人、この長屋の一軒に転がり込んできたが、すぐに結核にかかってしまった。

 

 「って事だ、後は俺が八重に惚れちまったって事だけだ。もうあんまり見せたくねえな」

はねは、自動的に貧乏神の己の歴史を見せる不思議な双眼鏡を覗いていた。

 「見せたくねえっつってんだろ」

貧乏神は、はねの手から双眼鏡を奪い取った。

 「ふふ、エロガッパが」

 「そういうはねこそ、まだ涙が拭けてねえ、メキシコ仕立てのマントで拭いてやろう」

 「汚いってば!」

 「そうでもねえよ、抗菌素材で出来てるから」

 「そう・・・」

 「防水加工だった、拭いても吹いても涙が広がるわけだ」

 「もう!顔がぐしゃぐしゃじゃないの・・・」

 

 「あ・・・死神・・・さっきの双眼鏡みたいなやつ、アンタの視点よね?」

 「ああ、そうだ」

 「茶髪に・・・背が高いってどういう事?」

 「・・・・・・」

はねは、ほーっとため息にならない息を吹いた。

 「見せたくない・・・か」

 「そうじゃあねえ、思い出したくないんだ」

 「じゃあ・・・いいよ、でもね」

 「なんだ?」

 「こんな私みたいな人生知らないガキが言うんだよ?真に受けないでね?」

 「なんだ、改まって」

 「悲しかったり辛かったり、悔しかったりする思い出って時々思い出さなきゃ、逆に自分が折れちゃう時もあると思うんだ」

 「・・・・・・」

 「何いってんだこのガキ!って思ってるでしょ?でも・・・」

 「見ろ」

 「え?」

 「いいから見ろ」

貧乏神がさきほどの双眼鏡を差し出してきた。

はねは覗き込む。

 

場面は夜だ。

 「八重!八重!大丈夫か!」

貧乏神が八重に語りかける。

八重は血を吐いて咳を続ける。

 「医者までどのくらいかかるんだ!」

貧乏神が叫ぶと、長屋の一人が

「次の発作で多分・・・終わるって言われて・・・」

とうつむいたまま言った。

 「終わる・・・」

貧乏神も俯いた、が。

 「半纏出してくれ!」

そう叫んだ。

貧乏神は八重に半纏を着せると、背中におぶった。

 「じゃあな長屋の連中、俺ぁ八重に海を見せてからここからいなくなるよ」

そう言うと人間のスピードではない速さで走り出した。

背中でゴホ、ゴホと咳き込む音がする。

 「出来るだけ揺らさなく、そして早く走ってるからな・・・頑張れ」

 

 

 「あたし、まだ口を吸いあった事も無いんです・・・」

背中で八重が喋る。

 「喋るな!朝方には海が見れるぞ!」

 「ほんと?嬉しい・・・」

 「バカに触れ合うとこっちまでバカになっちまう・・・」

 「長屋はみんないい人たちです・・・」

 「よそじゃ半殺しの目にあって天井裏で暮らすのが俺達の生き方なんだよ!」

 「・・・半殺しの仕方が分からないんじゃないんでしょうか?」

 「ははっ!」貧乏神は八重のその純粋な言葉に笑ってしまった。

 「ちげえねえ!あいつら、小石を投げるくらいしか文明が発達してねえんだ!」

ザザザザザ!死神は草をかきわけるように走る。

  「貧乏神さん?」

 「何だ!?」

 「何でそんなに優しく・・・」

 「しらねえしらねえ!」

 

 「ばか・・・」八重が小さく呟いた。

その言葉に、いつの日からか、貧乏神は八重に恋心を抱いている。

それを読み取られたのが分かった。

 「私もす・・・」

 「バカな事口にするんじゃねえ!」

貧乏神は怒鳴りつける。

 「俺がいなきゃお前はもっと健康でいたかもしれない・・・金を積んでいい医者を見つけてな!」

 「あったかい」

 「走ってるからな!汗ばっかり出やがる」

 「私も好きっ!」

不意を打たれた。

 「ちっ!」貧乏神はわざと舌打ちをした。

 「ゴホ・・・」

確実に八重の喀血はひどくなっている。

 

 

 

 「海だ!」

陽が昇る頃、海が見えた。

砂利から砂に足元が変わる。

「海だ!海だ!八重!海だ!」

 

その時貧乏神は分かった。

海を見て喜んでいるのは今、一人しかいない。

 

貧乏神は八重を丁寧に砂浜に横にしてやった。

海の寄せては返す波の音がする。

「八重・・・苦しかったか?」

かもめの声が群れで響いている。

「八重ッ!」

あまりの悲しさに貧乏神は手で口を押さえる。

目から涙が止まらない。

いつからか、自分は子供のように情けなく泣いている自分に気がつく。

「俺は人間に生まれたかったんだよォッ!」

砂を殴る。あまり手ごたえはない。

 

 

貧乏神はマントからナイフを取り出した。

 「八重・・・今行く・・・八重・・・」

自分の人生を終える。それにためらいは合った。

だが最後には自分の体にそれを振り下ろした。

 

 

 

 

 

「貧乏神01322548号、修復完了」

貧乏神は神々の病院で目を覚ました。

そこで自分の今の姿を目の当たりにする。

全身メカのようになっている。

等身大ペンギンの大きさ、指のない機械の手

暗闇を照らすサーチライトのような丸い目。

どうやら「修復」されてこの姿になったらしい。

ベッドの横の紙には次の貧乏憑り付き場所が書いてある。

「フン・・・」

彼は絶望した。

お気に入りのマントを肩からかけると長さが余るので頭からスッポリと被った。

彼は出発しようとしたが、どうしても気になるものがあった。

篭が置いてある。

懐かしい香りがする。

あの長屋の匂いだ。

ベッドにぴょんと登って、篭を傾けてみた。

それは、あの長屋からの自分に対してのお供え物だった。

貧乏神がお供え物をもらうという事は、自分の格を落とすという事だ。

「ありがとうよ・・・皆バカだな・・・でもすまねえが俺は泣けねえ」

 

「機械の体になっちまったから」