《わたしはわたし》
―その時私は冷静になった
人を一人ぶちのめして呆然としている私。
だが澄み切った水面のように
記憶はクリアに、よりクリアにー
(試合の前、私は混乱していた、だけど色々と不安にかき消された記憶もある、これでいいかな?)
するともう一人の私が語りかけてくる。
(それだけでYESでは無い、思い出せ、思い出すことによって価値がある)
私の頭にズキンと音をたてるような痛みが走った。
ここは・・・私が新井さんの病院で寝てた時だ・・・新井さんと奥田さんの声が聞こえる。
「君は彼女が好きなんだね?」
「はい・・・」奥田は口に出すのを少し抵抗するように言った。
「何でかなぁ、僕の職業柄、学校でお話を聞いているうちに君という人物が浮かび上がってきた」
「はい、私は・・・彼女に挑発をし続けてましたから」
「・・・それに悪意が無いと判ったボクは何なんだろね、ハハ」
新井の髪をボリボリとかく音がする。
「あ、コーヒーどうぞ」
新井の声に、ようやく部屋にコーヒーの香りがする事に私は気づいた。
奥田さんが実は私が好き?何でいじわるするの?なんで?
(そこから逃げるなよ?君はそのまま寝てしまった、だが話はちゃんと聞いているはずだ)
私のもうひとりの私が声を荒げて喋る。
そうだ、私は聞いていた。
「話してごらん?今日はもう病院閉めちゃったから診断ではないよ、コーヒーでも飲みながらさ・・・アハハ」
音はしないが、奥田はコーヒーを飲んでいるのだろう。
まどろみ。
人間の記憶なんてあてにならない?いや、私はしっかりと聞いていた。
「私、幼稚園の頃に暴走してくるトラックから北野・・・さんに助けられたことがあって」
「ほう?彼女はヒーローじゃないか」
「ええ、本当に漫画みたいでした、私の体に彼女がタックルして来たんです」
「で、二人とも助かったってわけだ、美談じゃないか、今時テレビのヤラセでもなかなかやらないぞ?」
「北野さんは右手に六針の怪我を負いました、当然、その場で呆然と立ち尽くす血まみれの彼女を見ていました」
「助けなかったのかい?」
「血が怖かったよりも、私が助けられてこんな惨事になった事が自分の中では許せなかったのかもしれません」
「すると・・・君は何を?」
「泣いている北野さんにドン!と軽くキックをして・・・それから逃げるように帰りました」
「トラウマかい?つまりこう・・・」新井が話そうとしたが、奥田が遮った。
「授業で習いました、多分そう・・・だと思います」
「ふむ、じゃあやっぱり好きなんだな」
「なんでしょうね・・・私」
―そうだ、私はあの時初めて奥田さんがすすり泣く、泣く声を聞いた。
半そでの私。
気になっていた腕の傷跡――