《わたしはわたし》
―思い出した
奥田さんとの過去
思い出した
そして私はー
奥田がダウンしている。
北野は奥田に自分の思いを強く言いたかった。
しかし頭の中で整理がつかない。
口を空けて何かを言おうとするが、「あ・・・」と声が出るだけだ。
(このまま試合が終わっちゃう)
北野は焦る。だが頭で考える前に言葉が遂に出てしまった。
「気にしてないから!私!ぜんぜん気にしてないから!」
北野は自分の腕に残った傷跡を指しながら言った。
「気にしてないから!奥田さん!」
急に叫んだ北野に驚いて周りも静かになる。
奥田は気がついていた、目をしっかりと開けたままダウンしている。痙攣もおさまっているようだ。
北野の言葉が何を意味するのかは奥田だけが判った。
奥田は目を潤ませて唇を噛んでいる。
「気にしてないのよ!あの時の事!」
北野が先に涙を零しながら叫んだ。
「何ですかね?あれ?」ケイコが新井に聞いたが
「さぁね」とニコニコと笑顔でリングを見つめているだけで、それ以上は言わなかった。
「おーいレフリー、カウント忘れてるぞー!」アサキがレフリーに言うと、呆然と立ち尽くしていたレフリーは我に返った。
「え、えとファイブだったかな・・・」
「レフリーのアホー!じゃあ今回のダウン無しなー!」アサキは罵声を浴びせるようにふてぶてしく叫んだ。
奥田はゆっくりと立つ。そして吹き飛んだマウスピースはそれをキャッチした生徒が持ってきた。
立ち上がってマウスピースを咥えた奥田は北野から視線を逸らしている。
「奥田さん・・・」
北野はそれ以上何も言えなかった。
本音の気持ちと、今まで偽ってきた気持ちの間に奥田は挟まれている。北野はそれがよく判った。