《わたしはわたし》

カーン

 

2Rのゴングが鳴る。

北野はさすがに下着姿はヤバいだろうという事で、体操服を着させられていた。

 

―――あれ?怖くないぞ?何だか清清しい気持ちだ

               リングはこんなにも広かったんだーーー

 

北野と奥田はただのボクササイズ部で、実際の試合はしたことが無い。

二人はろくにスタミナも回復出来ず、よたよたとリングの中央へ向かう。

(奥田さんもキツいんだ!これでパンチを当てたら!!)

ぶん!

ぶおっ!

ぶんっ!

北野は三発の大振りのパンチを打ったが、奥田は必死にかわす。

「もう一発!」北野はパンチを打とうとしたが

(あれ?何か妙に疲れた・・・)打つのをためらった。

「パンチの空振りはスタミナをかなり消耗するぞ!」ケイコが叫ぶ。

(そういうもんなんだ・・・しんどい・・・)

バシュッ!

大振りではないが、それなりに威力のあるパンチが北野の顔面を捉えた。

「あげっ」

北野はのけぞった。そして再度鼻血が吹き出る。

「あぁぁー!」言葉にならない言葉で、北野が前に屈む。

鼻血はポタポタとリングの上に落ちた。

(疲れた・・・それに痛いっていうかゲロとか鼻血とか出しちゃってるし・・・)北野のモチベーションがどんどんダウンしていく。

(ついさっきまで凄くモチベ最高だったのに、やっぱり私はダメなんだなぁ)

考え込む北野に、奥田はフィニッシュブローを決めようとしていた。

強烈なアッパー!

ゴッ!

 

北野は本能で、アッパーを打とうと少し体制を低くした奥田にパンチを振り下ろしていた。

「!んっ」

奥田はひるんでドタドタと足音をたてて後退した。

 

「そこでさらに攻めるんだよ!北野いけっ!」

そのケイコの声が聞こえた瞬間に北野は次のパンチを打とうとしていた。

(真っ直ぐ打つ!)

 

ブン!

足元がからまってまさかの空振り。

(うわ!やられる!これって死亡フラグ?)

北野は目を閉じた。きっとすぐに奥田のパンチが飛んできて自分は吹き飛ばされるだろう。

しかし何も起こらない。北野はゆっくり目を開けると、奥田はロープにもたれかかってハァハァと辛そうに肩で息をしている。

(そうか!キツいのはお互い様ってことね!)

北野は今のうちにパンチを出そうと考えた。

しかし妙な考えが浮かんでしまう。

(あれ?これって勝ったらハッピーエンド?っていうか勝って何か意味あるのかな?)

そうこう考えていると、奥田は北野にクリンチをしてきた。

 

「へっ?」

自分のわきの下でハァハァという息遣いがリアルに聞こえる。

そして女性特有の体の柔らかさ、肌をしっとりと感じた。

「何でいまパンチ打たなかったの・・・」奥田がクリンチの体制でボソッと言う。

「え?いや・・・何となく・・・さ」

「失望した!」

奥田はクリンチ状態を自分から抜けて、ファイティングポーズをとった。

「いまのクリンチでちょっとスタミナ回復させてもらった」奥田は冷たく言う。

奥田の心はまた閉ざされようとしているのだ。

(失望したって言われちゃった・・・あーもう!何やってもドジふんじゃう・・・あーーー!)

 

 

 

「バカヤロー!」

大きな声で会場はシーンとなった。

叫んだのは北野だった。

「あんたを車から助けたのも、今パンチを打たなかったのも、ぜーんぶ自分で決めた事なんだから!」

奥田はポカーンとしている。

「いい?わたしはわたし!わたしは自分の意思で生きてるわけ、わかる!?尊重してよね!わたしを!」

奥田は言葉に詰まったようだ。

「今朝試合前に緊張して下痢になったり、そのせいでトースト焦がしたり、ドジでも世界にたった一人のわたしなの!」

「わたしは・・・わたし・・・」奥田が呟いた。

しばらく沈黙が続く。

 

 

「なーんだ」沈黙を破ったのは奥田だった。

「自分らしく生きてなかったのって、私のほうだったのかな。あなたに昔ケガをさせて・・・それが怖くて逃げて・・・怖いからあなたを憎むことで逃げてたのかな」

そう言って奥田は清清しい顔をした。