《わたしはわたし》

(あいたたたた・・・)北野は右手全体に痛みを感じた。

「なんかしんみりしちゃったけど・・・」奥田が続いて口を開いた。

「疲れちゃった、もうパンチ一発が限界かもね、へへ」

「なーんだ・・・私と・・・いっしょか」北野が続いて言う。

 

―――漫画みたいだ

       あと一発、お互いあと一発にすべてをかける

                    男子の読んでる漫画みたい

                           でも悪くないなーーーー

 

北野は息を大きく吸った。

そして吐き出す。

「行くよ・・・」

そして右手を大きく振りかぶって・・・

対する奥田も右手に力を込めて・・・

 

北野のフック!

奥田のボディ!

 

やはりボディの方が早く北野の腹にめり込んだ。

めり込んだ?

いや、いつの間に鍛えられたのか、腹筋でクリティカルヒットにはならない。

北野のフックが目の前に迫ってくるのを奥田はスローモーションで見た。

ガッ!!!

 

「あれ?何が起こったんだろう?」奥田はリングの上に倒れていた。

顔を横に向けると、自分の吐き出したであろうマウスピースが跳ね回っていた。

「ダメだ・・・負けた・・・」奥田は考えるのもあきらめた。

 

 

 

保健室で奥田は目が覚めた。

仕切りの向こうで声がする。

北野の声だ。

「ひどいです!先生ひどいです!」

「あんた本当にボクシングジムへのスカウトとか本気にしてたわけ?」

北野のクラスの担任の声だ。

「私下着姿でゲロ吐いて今晩の男子のオカズになっただけです」

(元気そうだなぁ)奥田は一人で天井を見て笑った。

 

奥田は話に混じろうと体を起こして・・・

歩こうとして仕切りごと前に倒れた。

「わーっ!びっくりした!奥田さんもう大丈夫?」

「いや・・・大丈夫なはずなんだけど・・・足が痺れて・・・」

「動かないか!?」保健室の教師が真剣な顔をして言う。

「なんか・・・動かないです・・・なんでだろ?」

奥田は立とうとするが、また倒れる。

「救急車を急いで呼ぼう!」

 

 

「え?」

北野は一気に心拍数が上がった。

 

 

 

 

 

病院から帰ってきた奥田は、松葉杖だった。

脳へのダメージで足が麻痺してしまったそうだ。

治るか治らないかは分からない。

ただ一つ

決して愚痴もこぼさず、北野に向かって

「あんたのパンチ相当なもんだったから」

と笑顔で言った。

 

>次回最終回