《わたしはわたし》

月曜日の朝

 

「えっ?あんた新聞読むっけ!?」北野の母親が驚いている。

「え?ああ、まあ読むといえば読むかな?まあ気にしないでよ」

レイは顔を隠すように新聞を広げた。

(一秒でも学校に早く行きたくない・・・)

意味のないレイの抵抗だった。

 

「早く学校へ行きなさい!」と大きな声がして父親に新聞を取り上げられてしまった。

(やだなぁ・・・やだなぁ・・・学校いってみんなボクシングの試合にノリノリだったらどうしよう)

「はいコーヒー」

母親が北野の前にコーヒーを置いた。

そのカチャリという音に、考え込んでいた北野は驚いた。

「わーっ!すみません!・・・ってコーヒーか・・・」

母親がため息をつく。

「あんた、いつになったらすぐ謝るクセが治るのかねぇ・・・」

(一生謝って生きるんじゃない?)北野は熱いコーヒーをズズズと音をたてて飲んだ。

 

鞄を持って家から一歩出る。

「うわー、清々しい朝の景色が灰色に見えるー・・・なんちゃって」

トボトボと学校へ歩いていった。

「どうやったらボクシングの試合を回避出来るか・・・うーん・・・って、うぇぇぇぇ!」

考え込んでいたせいですぐに学校に着いたように感じる。

「しょうがない・・・ボクササイズ部を退部しよう・・・」

自分の教室へ向かう。

「えと・・・退部届けってどうやって書くんだっけ?」北野が考えていると

「おっはよ!」

後ろから先生が声をかけてきた。

「ぬわっ!ごめんなさい!(退部届け書こうとしてましたぁぁぁっ!)」

「北野、何謝ってるの?」

「は・・・はは・・・何でもないですよ」

「今回の試合は北野の為にやるんだからね、注目の的はアナタよ(退部届け書こうとしてたなコイツ・・・)」

「でも先生・・・ケガとか・・・」

「大丈夫!ヘッドギアとか胸当てとか防具はちゃーんと用意してあるし、プロみたいにボコボコになる前に試合はストップだから」

「あ!じゃあわりとライトな内容なんですね!試合!」

「そうそう、そんなにヘヴィな試合の内容考えてたの?アナタ」先生はそういってフフッと笑った。

(だよなー、ケガしたらPTAが黙っちゃいないもんなー・・・そうだよ!悩まなくてよかったんだ!)

「でも練習はしておいて欲しいな、いろいろなボクシング事務の人に来てもらうから」

「え?」

「言ったでしょ、これ、あなたの進路の為でもあるの」

「は?」

「ひょっとして卒業後は大学にも行かずにフリーターやるつもりだったわけ?」

「そうですが・・・」

「だめ!」

「はぁぁ?」

「何か手に職を持ちなさい!」

「いやいや先生、だからボクシングって話が飛びすぎてるっていうか・・・」

「一人でもフリーターを出さないのが私のポリシーなんです!」

「先生、それはエゴですよぉ〜」

「だまらっしゃい!」

「うわぁ!すみません!」

「とにかく、ジムの人に見てもらうからね!それと体育館で全校生徒の前で試合やってもらうから!」

「えっ!」

北野の心臓がドクン!と鳴った。

(全校生徒の前で・・・全校生徒の前で・・・)繰り返しているうちに頭が真っ白になって行く。

 

―やっぱり私はこういうセオリーを背負って生きてるんだ

               ゆっくりのんびり生きたいのに

                        それすら出来ないー

 

北野はその日の授業の事を覚えていない。

気がつくと放課後、屋上にいた。

夏の夕方の風がフンワリと吹いてくる。

「そうだ、クツ脱ごう、はだしで寝転がって・・・」

その時、ギィと屋上の扉が開いて二人の生徒が来るのが見えた。

その二人が急に北野の方へ走ってくる!

そしてタックルをされ、北野はその場にひっくり返ってしまった。

「飛び降りだけは・・・ってか死ぬのは思いとどまろうよ」ショートヘアの生徒がかなり焦って言っている。

「何があったのかは知らないけど、色んな人に迷惑かける事になるからね」もう一人の目つきのキツい生徒が言う。

「あ・・・はは・・・裸足になろうとしただけですぅ・・・」北野は答えたが

「いーや!あんた悩みがありそうな気がするもん!」ショートヘアの生徒に指を指されて言った。

「悩み・・・ありますけど、自殺はしませんよぉ」北野は起き上がって、スカートについた埃をパンパンと払った。

「ふー!」ショートヘアの生徒がポケットからゴソゴソとタバコを出して吸い始めた。

「あ・・・」北野は驚いたが

「チクらないでね〜」

というショートヘアの生徒の言葉に

「は・・・はい」と答えるしかなかった。

そしてショートヘアの生徒はタバコの煙をフー!と吹くと

「私は佐藤アサキ、趣味は寝タバコ!」

満面の笑顔で言った。

 

 ―出会ってたった数分

         すごいな、がんばってるな

             そういった人に出会ったチャンス

                   これは私の人生を何か変える出来事なのだろうか?−