《わたしはわたし》
「まあ、悪かったね、なんか不幸そうな顔してるから余計に気にしちゃってさ!」
アサキは右手を出した。
「あ、え?握手?ああ・・・」戸惑いながらも北野は右手を出す。
ガッチリ吸い付くような力強い握手だった。
「私は細木ケイコ」目のキツい女子の方は腕を組んだまま握手を求めて来なかった。
「えと、お二人・・・さん・・・はいつもこの屋上に来るの?」人見知りの強い北野は精一杯話題を振った。
「くるよ?」しかしアサキの一言で終わってしまった。
(話題・・・話題・・・)北野の手が汗ばんでくる。
「そういやさ」
アサキが口を開いた、と同時に
「な・・・なになになに?」焦って北野は過剰な反応をしてしまった。
「いやさ、近々、学校で女子ボクササイズ部が、ガチで試合やるみたいじゃない?あれが楽しみでさ♪」
北野の顔が暗くなる。
「それ・・・出たくないけど私がメインで試合やるみたい」ぽつりと愚痴ってしまった。
「へぇーっ!あんたが出るの!」アサキがそう言って北野の体を触ってきた。
「ちょ・・・セクハラ・・・くすぐったい・・・」抵抗もせず北野は身体をモジモジさせた。
「あんまり筋肉ついてないな・・・大丈夫なの試合?」アサキがズケズケと物を言ってくる。
「大丈夫じゃないかな・・・はぁぁ」フェンスにもたれかかってため息をつく。
「暗いなぁ、ケイコ、何かいってやったら?」
「私に振らないでよアサキ、とりあえずため息つきたいみたいだからほっといたら?」
(何この二人!シャクにさわる!きっ!)北野はケイコを睨んだ。
きっ!
(こわぁぁぁっ・・・)ケイコのほうが睨み返して来、すぐに北野は目を逸らした。
「さ、さよならっ!」逃げるように北野は屋上を去った。
帰りも昨日のように、とぼとぼと歩く。
「そういえば、友達っていう友達・・・私いないな」
独り言を言って、道端に落ちている空き缶を蹴った。
しばらく歩いていると、後ろから数人の生徒が走ってきた。
女子生徒がマイクを持って、男子生徒はカメラを抱えて撮影している。
「北野レイ先輩ですね!広報部の者ですが、近々行われるボクシング大会についてお聞かせ下さい♪」
強引にマイクを押し付けられる。
「え・・・何喋ったらいいの?」
「意気込みでも!」
「じ・・・じゃあ、勝っちゃおうかな・・・なんてハハハ」
「おー!それは奥田理恵香さんへの答えととっても良いのでしょうか!」
「奥田・・・さんってボクササイズ部の?」
「ええ!あなたを完全にぶちのめすと、さっき予告して来ましたから!」
(奥田さん?・・・あんまり絡んだこと無いけど・・・同じクラスだ・・・なんで私をピンポイントで狙ってるわけ?)
「ありがとうございました!取材がまだあるので失礼します!」広報部は走って去っていった。
翌日
朝早く学校に着いてしまった北野。それも奥田の事が気になったからだった。
何という偶然か、教室には奥田一人が自分の机に座っていた。
(話すしかないよねー・・・話すしか)
ソロリソロリと背後から奥田の近くへ寄っていく。
「何か用?北野さん」
後ろにも目があるかのように、奥田から話しかけてきた。
「あ・・・いや・・・おはよう・・・ハハ」
「・・・おはよう」
「なんか私をぶちのめすとか言ったみたいで・・・その・・・」
「・・・ぶちのめす」
「そ・・・そう、ぶちのめすのね」
急に奥田が立ち上がって北野の胸ぐらを掴んだ。
「なに人の顔色うかがって生きてんの?」
一言言うと、北野から手を話し、席に座った。
「はぁ・・・はぁ・・・」北野には長い恐怖の時間だった。
(胸ぐら掴んでタンカ切られた・・・)
フラフラと自分の席に戻る。
(私・・・人の顔色うかがって生きてる・・・そうだなぁ・・・でもここまでやってるのに良い事ない・・・)
時間はどんどん過ぎていく。
「北野君!北野君!」歴史の授業になっていた。
「はい」うつろな目で北野は教科書を開いた。
「はい40ページ読んで」
「はい」
(あれ?教科書が見えない)
文字が右へ左へ歪む。
ポタッ
目から大粒の涙が落ちた。
ポタッ・・・ポタポタッ・・・
「え?あれ?ちょっと待ってくださいね・・・アハハ・・・なんでだろ」独り言を言いながら、北野は涙を落とし続ける。
次第に肩が震えて、呼吸困難のような息遣いで、声を殺して北野は泣き始めた。
生徒たちがザワザワと騒ぎ始める。
「嫌だ・・・もう嫌・・・限界・・・」小さな声で北野は繰り返し言った。
時間同じくして
万年サボリのアサキとケイコは廊下を、面白いことは無いかとフラフラ歩いていた。
ある教室でざわめきが起こっているのを聞き、ヒョッコリと顔を教室に入れる。
「ケイコ、昨日のあいつだよ、なんか泣いてるよ」
「なんか泣きたい事でもあったんじゃない?」
「ケイコ冷たいなぁ」そう言うとアサキは教室にズカズカ入って行った。
「きーたのさん♪」
アサキのその声を聞いて北野が顔を上げる。
「保健室でもいこか♪」
昨日は無神経に聞こえたアサキのマイペースな喋りも、今は北野は何となく落ち着いて感じた。
「ね?先生いいでしょ?」と教師の答えも聞かず、アサキは北野の腕を掴んで強引に教室を出た。
奥田が急に席から立ち上がり、廊下に出て、去って行く三人に声を荒げて言った。
「逃げるのね!みっともないっ!」
その言葉に、アサキが振り向いた。
「こいつの生き方を侮るなよ?」
いつもの笑顔だが、アサキの出す気のようなものに押され、奥田は目を逸らした。
「さぁさぁ、とりあえず保健室で落ち着いたら、屋上でゆーっくり語ろうか♪」
そういって北野はアサキに頭をグシャグシャと乱暴に撫でられた。