《わたしはわたし》

(構えるってこうか?)北野は適当に構えてみた。

「よっと」

バラバラと音をたてて、奥田のヘッドギアや胸当てが落ちる。

「これで同じ条件ね!」

「ちょっとまって!」北野はジャージを脱いでブラジャーとパンツ姿になった。

「このくらい動きやすくて、やっと同じ条件かな」クールに言い放つが

(何脱いでんの私〜)北野の頭はパニクった。

「さあどうする?」

奥田が言い終わった寸前

「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」北野が初めて相手が人間相手にパンチを打った。

ドゥン!

ドワッと冷や汗をかいて、奥田はガードした

(やっば!この娘、すっごいパンチ力、なんてベタな展開なのよ!)

 

「北野の主治医さん?」

「ん?なんだい?ケイコ君だっけ?」

「このパンチ力って・・・知ってた?」

「知ってるさぁ、背筋すごいもん」

「なんで背筋とか分かるのよっ!」

「困ったなぁ、ボク、筋肉フェチだからさぁ、この娘の試合見たくってさぁ」

「さっきの薬は予備あるの?」

「あるよ?ただの乳糖の塊だけど」

「・・・やっぱり薬じゃなかったんだ」

「本人が思い込んでりゃそりゃ薬ってね♪おー、背筋が動いてる動いてる♪」

「・・・」

 

(やっば!ガードしてる腕がジンジンして来た・・・どんなトレーニングしてきたの!?)

焦る奥田、だが北野の手が止まった。

「づ・・・づがれたー」

フウフウ言いながらパンチを止めて息を整えている。

(最初に全力を出しすぎたって事か・・・買いかぶりすぎたね)

パン、パンと基本に忠実に、奥田はジャブを北野の顔面に当てる。

「ふべっ!」「ふべっ!」

トトトンと後ろに後退して、北野はロープに背中を当てて息を整えようとした。

(げげっ!息吹いたら唾液しか出ない・・・マウスピースってこんなに邪魔なのか)

北野のブラジャーまで唾液がダラダラと垂れてきた。

「これで立ったらアンタ、凄い!」そう北野の耳には聞こえた。

 

どぅふっ!

 

大砲をボディに食らったのかと北野は感じた。

初めてのボクシングでの強烈なボディ。

北野の動きはロープ際で止まり、ボディからズボリとグローブを抜くと、奥田は反対のロープ際に行って様子を見ている。

(吐く?いや?吐かないってかマウスピースが口に入ってるからこのせいで吐きそう?ちょっと外させてもらおう)

「あの・・・マウスピースをヴぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・」

 

北野は吐いた。

 

何も食べていないので透明な胃液だけ。

「ンプハッ!」マウスピースを苦しさのあまり、その後吐き出す。

胃液の上でマウスピースがビチャビチャと跳ねる。これは洗わないと使えそうにない。

「ちょっとまってちょーっとまって!」北野はさらに見えない人を制止するかのようにグローブを突き出す。

「ちょーっとまって・・・あ・・・きたきた・・・ちょっとま・・・ゴホーッ!」

リングの上に今より大量の胃液を吐き出す。

(ちょっと・・・この上にダウンしたら・・・セルフゲロまみれ・・・)

「クリンチだーっ!」ケイコの声に、漫画で見たクリンチを思い出した北野は、かすむ目の中で奥田を探して突進した。

「んー、ちょっとイノシシ借りより簡単かも」

突進して来る北野に、奥田は顔面パンチを捻りこんだ。

「ぶっ・・・」

北野の脳が揺れ、鼻血がパッと散る。

後は覚えていない、あおむけにダウンしているのだけかろうじて判った。

ワン!

カウントが始まった。

「ボディに顔面パンチに・・・これはもう立てないわ・・・頑張った頑張った・・・私は頑張った」